無料サービス




突然目の前に、白とピンクのソフトクリームが差し出された。反射的にそれを受け取って、僕は顔を顰めた。
年下の生意気な恋人は、得意そうに僕を見下ろして笑っている。

「食べたかったんでしょう。これ。」
「僕…そんなにものほしそうな顔、してたかな。」

悔し紛れにそう言うと、恋人は嬉しそうに口角を上げる。

「先生の欲しがる事なんか、俺は全部お見通しなんです。ほら、垂れるから。」

まるで僕の事を、手のかかる弟とでも思っているみたい。5つも年下のくせしてさ。
それでも、口元に、蕩けそうなソフトクリームを押し付けられて、僕は簡単に陥落してしまう。
舌を出してソフトクリームを嘗め上げて、恋人の顔を見上げると、ほんのちょっと目を眇めるのが見えた。



本当は直哉君がこんなに甘ったれなこと、知っているのはどれくらいいるだろう。
いつも鋭い目付きの白鳳の守護神は、実は僕がわざとらしく目を逸らすだけで、すぐに必死な表情になる幼さを持っている。
現に今だって、どうやったら僕の気を引けるかと、そればかりに夢中になって、周りの風景なんて何にも目に入ってない。
僕がソフトクリームを嘗めるたびにそわそわして、せっかく熱々だったコーヒーが冷めるままに放置している。

「直哉君…コーヒー冷めちゃうよ。」
「え…ああ、こんなものはどうだっていいんです。」

僅かに狼狽した目を逸らして、手にしたコーヒーに口をつける。お砂糖もミルクも入れないそれは、深い香りを放っている。
僕は冷えた舌先を噛んだ。さっきから直哉君が見つめているこの舌に、何を要求されているのか、口に出して問うのは怖い気がする。

「…少し冷えてきませんか。」

大きな腕が肩を包み込む。きゅっと抱きすくめられると、簡単に僕は引き寄せられて、広い胸に身体を預ける形になる。

「やっぱり…冷たくなっちゃってる。ソフトクリームなんて食べさせるんじゃなかった。」
「変な直哉君。」

思わず僕は吹き出してしまう。自分で与えておいて、さも忌々しそうに舌打ちするなんて。

「別に寒くないよ。それにとってもおいしかった。」
「でも俺は先生が寒そうに見えるのは嫌だ。」

手をぎゅっと掴まれる。指と指とを絡めるように掴まれると、そのまま直哉君のコートのポッケに突っ込まれた。

「手が冷たい。手袋を買いに行きましょう。プレゼントします。あと、暖かい食事も。」
「いいよ、そんな。」

僕は慌てて言う。きっちり断っておかないと、直哉君は僕の前にプレゼントの山を築き上げかねない。

「させて下さいよ。したいんです。先生にサービス。」
「だめだったら。僕の立場も考えてよ。それに…。」

精悍な眉間にみるみる皺が寄る。知り合った当初はおっかないと思ったこの表情も、今では直哉君がままならない事を辛抱するのに止められない癖だとちゃんと知っている。

「僕、信じてないんだ、無料サービスなんて。」

鼻の頭に皺を寄せて笑ってみせた。



「ほら、よくタダより高いものはないって言うでしょ。誰だってなんかしようって言う時には必ず、計算が働いているんだよ。」
「俺は別に…。」
「直哉君がどうこうじゃなくって、僕が言っているのは一般論だよ。開店セールとか、福引きとか、みんなちゃんと目的があるじゃない。集客とか宣伝とか。…そういえば昔、金銀パールプレゼントなんてあったなあ…。」

脱線したふりを装って、そっと顔色を窺う。僕がよく喋っていれば直哉君はご機嫌なのもちゃんと確認済み。そのうえやたら奢りたがる直哉君の気を逸らせれば、こんないいことはない。
サービスなんていう甘い言葉の裏側に潜んでる、直哉君の気持ちなんて丸見えだ。だてに5年長く生きてるわけじゃない。
それでも結局、直哉君の誘いに乗ってしまう自分もちゃんと分かってる。

「…甘いんだよなあ…。」
「なにが? そんなに甘かったですか、あのソフトクリーム。」

僕は笑って手を振る。結局僕は、直哉君に付け入る隙を与えてしまう。甘ったれたふりをして、その代価に直哉君がそれ以上に僕に甘える口実を作るのを許してしまう。
これは僕なりの、直哉君に対するサービスなのかもしれない。



夜景の綺麗な高層ビルのレストランに誘われた。楽しく食事を終えて、高速で滑り降りるエレベーターに乗った。
一面ガラス張りで、夜空に放り出されたみたいに感じるエレベーターは、奇跡的に僕たち二人の貸し切りだった。思わずガラスの側に駆け寄る僕の背後から、直哉君が大きな猫みたいに擦り寄ってくる。

「ねえ、先生。」

ウエストに緩く回される大きな手。力は込められてないけど、僕のお臍の前でがっちり組まれて僕を離さない。首筋にふっと息を吹きかけられて、こっそり耳たぶを嘗められた。

「今日は当然、俺ん家に寄って…泊まってってくれるんですよね。」

低く落ち着いているけど、どこかじりじりと焦げ付くような声。僕はガラス越しの、年下の恋人の真剣な眼差しに射止められている。胸がドキドキ言って、頬が赤らんでいく。

「それは…直哉君の中では決定稿なんでしょ。」

そっと言ってみると、耳の中に忍び笑いを吹き込まれた。
ほら、やっぱりね。
無料サービスなんて、ありえっこない。
直哉君が僕に尽くしてくれる代わりには、ちゃんと目的が現れる。
そして僕は、直哉君の下心に気づかない振りのサービスの代償を、満たされる身体で受け取るのだ。