特撮




体重を預けていたベッドヘットが鈍く軋んだ。
直哉は荒くなってしまう息をかみ殺すと、手を伸ばして栗色のくせっ毛をなでた。そのまま祥太郎の頬の輪郭を撫で下ろす。
直哉の股間に蹲った祥太郎は、時折嗚咽を上げながらも、熱心に奉仕してくれている。

小さな顔だと思う。こめかみから頤まで片手ですっぽり包んでしまえる。
少し力を込めて仰向かせると、赤く色づいた唇から直哉のたくましい雄が零れ落ちた。その先端から唇まで、白い糸が引いているのが、なんとも艶かしい。

「ずいぶん上手になりましたね。最初の頃とは大違いだ。」

そっと頬を撫でる。耳の穴に指を差し入れると、祥太郎の小さな体がびくりと震えた。
こんなところまで敏感だなんて。直哉は新しい発見に思わず忍び笑いをもらし、そのまま祥太郎の耳に愛撫を与える。
小さく喘ぎ声を漏らして、祥太郎の手が直哉の腕を掴んだ。

「も…やだぁ…。早く、これ…取ってよう…。」

真っ赤に染まった頬の上に、大粒の涙が溢れる。
投げ出された白い足がシーツを空しく掻いて、直哉の目はそこに釘付けになった。

祥太郎の左腿には、赤い皮のガーターベルトが巻きつけてある。そこには束ねたコードとコントローラが挟み込まれていて、コードの先は丸い尻の狭間に飲み込まれていた。

絶え間なくかすかに電子音が響いて、祥太郎を追い上げている。
手を伸ばせば簡単に外せるそれを、祥太郎はなぜか外そうとしない。直哉の手によってされたものを自ら外すには抵抗があるようだった。

「…どれを取って欲しいんですか? これ?」

耳の中に差し入れた指をそっと蠢かせてやる。途端に祥太郎の細い背中がビクリと震えた。

「そっち…も、だけど、…お尻…っ!」

祥太郎は直哉の腕に縋るように喘ぎながら、懇願した。顔が情けなくしかめられて、直哉はまるで小さな子をいたぶっている気分になってしまう。

「まだ…ダメですよ。俺、当初の目的果たしてないもん。先生…自分でして見せてよ。」

直哉は祥太郎を掬い上げるように抱くと、自分との位置を入れ替えた。
ベッドヘッドに小さな身体をもたれさせ、両の膝頭を掴んで大きく開脚させる。祥太郎が小さな悲鳴を上げた。
祥太郎のすべてが丸見えになる。涎を流しながら切なげに震えている欲望も、異物をくわえ込んでまだ物欲しげにひくついている小さな入り口も。

直哉は用意していたデジカメを取り出した。こんなに思うままにことが運ぶとは思ってもいなかったので、手が少し震えてしまう。
ファインダーから覗く、祥太郎のしどけない姿に、直哉は大きな音を立ててつばを飲み下していた。



大体において、雪紀が直哉を呼びつける時は自慢話なのだ。直哉は面白くない足取りを雪紀のマンションに向ける。
昔直哉の父が愛用していた小型の三脚が必要だなんて、口実に決まっている。何かを見せびらかしたいのだ。
子供の頃からずっと一緒の雪紀のたくらみなんて、勘ぐるほどもなく見通せる。

最上階の雪紀の部屋に着くと、ドアを開けてくれたのは咲良だった。
すっかり入り浸っている雪紀の恋人は、慣れた手つきで施錠すると、大人しく直哉のあとをついて来た。

「雪紀! 三脚もって来たぞ!」
「ああ、ありがとう。わざわざ悪いな。」

微塵も悪いと思ってない笑顔で返事をすると、雪紀は自分の向かいのソファーを顎で指し示した。
直哉はため息をつきながら腰を下ろした。どうやら雪紀の自慢したいものは、このテーブルに乗っている物らしい。

「どうだ…美しいフォルムだろ?」
「今時一眼レフ…それもフィルムタイプかよ。」

馬鹿じゃねーの、と直哉は続けた。
最大手のカメラメーカーまでフィルム事業から撤退する昨今、わざわざフィルムタイプのカメラに手を出すやつがいるだろうか。
雪紀はふっと鼻で笑い、直哉のほうにアルバムを押し出した。

「その、レトロなところが良いんだよ。レンズを覗き込んで、ピントを絞り込むとな、自分の網膜にまで被写体を焼き付けた気分になる。フィルムを巻き上げる手ごたえもいいもんだぜ。」

直哉はあきらめてアルバムを取り上げた。雪紀の自慢に付き合っていたら日が暮れる。
表紙をめくって思わず直哉は腰を引いてしまう。そこにはページいっぱいに引き伸ばされた咲良のバストショットが満面の微笑を浮かべていた。

「雪紀さんたら、また見せてるの? 恥ずかしいなあ、もう。」

咲良がどこか嬉しそうに言う。してみると、このアルバムには咲良の姿だけがびっちりと敷き詰められているに違いない。
直哉はあきれ返って親友の顔を見た。雪紀は満足そうに笑っている。

「咲良、ブルマンのいいのがあったろう? 淹れてくれないか?」

突然声を上げた雪紀を直哉はいぶかしく思う。だが、咲良はなんの疑問も抱かない明るい声ではぁいと返事をして席を立った。

「……おい。」
「慌てんなよ。本題はこっちだ。」

雪紀はニヤリと笑うとクリアファイルを引っ張り出した。
咲良の方を覗う仕草を見せたから、彼には内緒の閲覧なのだろう。

「ま、見てみろよ。」

ろくなことにならない予感がする。だが、雪紀が言い出したら聞かないのも嫌というほど分かっている。
直哉はしぶしぶページを繰り、その途端大きくのけぞった。
そこにいるのは、全裸の咲良だった。

「う…っ、おま…っ。」

思わず声を無くす直哉に、雪紀は得意満面だ。

「いいだろ、これ。次のなんか…。」
「おまえのオカズなんか、俺は見たくねぇんだよ!」

嬉々としてページをめくろうとする雪紀の手を、直哉は慌てて止めた。さらにエスカレートした痴態を見せ付けられるに決まってる。
雪紀は直哉のそんな反応も分かっていたのか、さして残念そうでなく手を引っ込めた。

「だからな、三脚がいるんだよ。ハメ絵を、全身像が入るようにして撮りたいんだ。」
「…つくづく変態だよな、お前は…。」
「お前に言われたかねぇ。似たようなもんだろ、どうせ。」
「俺はそんな変態写真持ってない!」
「…持ってねえの? 1枚も? 本当に? ………ふーん。」

真顔で驚かれて、直哉は居心地が悪くなる。
本当を言うと、そんなものも欲しいなと思わなかったでもない。しかし、祥太郎の拒絶に会うのは目に見えている。
祥太郎は年上の癖に事房事となるととことん初で、なにをするにも抵抗なしにはさせてくれない。こんな写真を撮るなんて、頼む前からあきらめていたことだ。

「お前みたいに執着心の強いやつがね〜。ふ〜ん。」

雪紀はちょっと馬鹿にしたように呟き、ちらりと直哉を見て笑った。
憮然とした表情になってしまった直哉の手からクリアファイルを取り上げると、直哉にもよく見える位置で、大事そうにめくり始める。
その中身は、案の定あられもない咲良の姿のオンパレードだ。

「これなんか、焼くの苦労したんだぜ。肌色が綺麗に出なくてさ。…こういう写真だと、ラボ屋が焼いてくれねえからさ、苦労すんだ。浴室を暗室にするんだぜ。…現像液で手が荒れてなあ…。」

ぼやいているはずの雪紀の口調が何か誇らしげだ。
雪紀はもう一度ニヤリと笑うと、さらに声をひそめた。

「…こういう写真がないと、困るんじゃねーの? 祥太郎先生は、咲良よりよっぽどガード固いんだろ? 独り寝するときなんて、寂しくね?」
「別に…。」
「その辺は、豊かな想像力でカバーする…ってか。」
「なんですか、豊かな想像力って………ひゃあっ!」

コーヒーの馥郁とした香りを伴って現れた咲良は、雪紀が手にしたものを認めると、甲高い声を出した。
捧げ持っていたトレイを放り投げるように置いて、雪紀の手からクリアファイルを奪い取る。

「なっ、なに見せちゃってるんですか! これは、雪紀さん専用だって…!」
「どうせお前だって、俺のやつを瑞樹に見せたんだろう?」
「ううっ、だってっ! 雪紀さんの素敵なところ、見せびらかしたかったんだもんっ!」

あほらしい。結局俺は痴話げんかの緩衝材じゃねーか。直哉は呆れて、咲良の持ってきたコーヒーに勝手に口をつけた。
雪紀がいいというだけあって、確かにいい香りだ。

「キャンキャン喚くなよ。いいじゃないか、少しくらい。
それに、直哉に見せておけば、お返しに、普段お前たちが気にしてる祥太郎先生の艶姿、見せてもらえるかもしれないぜ?」

突然話を振られて、直哉はコーヒーを吹きそうになった。顔を上げると、咲良の期待に満ち溢れた目と、視線が合ってしまう。

「ほんと? ねえ直哉さん?」

目をきらきらさせる咲良の背後で雪紀がニヤニヤ笑っている。本当の目的はここにあったか。直哉は臍を噛む思いだ。
思わず俯くと、咲良が歓声を上げる。ちょっと待て、俺はコーヒーを眺めただけだ! 別に頷いてない!  慌てて訂正してももう収まらない。

直哉はため息をついて、せめて一矢報いてやろうと言葉を捜す。

「だけど、そんなもの、佐伯さんに見つかったら事だぞ。どんな嫌味を言われるか。」
「そんな迂闊な事するかよ。佐伯には絶対見つからない場所に…。」

雪紀が言いかけたときだった。咲良が持ったままのクリアファイルからはらりと何かが落ちたのだ。

「あ、なにか…。」

手を伸ばして拾いかけた咲良がその場で固まった。直哉と雪紀も同時にそれに目を落とし、同じように硬直してしまう。

見慣れた流麗な文字だった。確かに佐伯のものだ。
なんでもないことのようにメモしてある。

『露出過多。光量を抑える事。ピントやや甘し。』

「………ばっちり見つかってんじゃねーか。」
「………そのようだな。」
「いやあぁぁぁぁぁぁっ!」

咲良が耳を劈くような悲鳴を上げた。バコンッと間の抜けた音を立てて、雪紀の頭にクリアファイルが打ち下ろされる。しどけない咲良の写真がばらばらと舞った。

「雪紀さんの、…ばかぁっ!」

うわーんと泣き声を上げて走り去っていく。まさしく脱兎の如しだ。

咲良が去った後の部屋で、雪紀と直哉は呆然としていた。

「おい…、どうしてくれるんだよ。」
「俺のせいかよ!」

雪紀にじっとりと睨まれて、直哉はさらに脱力する。
あのクールだった雪紀が咲良一人にこんなに影響されるようになるなんて思ってもいなかった。

こうして直哉は咲良のご機嫌伺いのため、という名目で、オカズ写真を撮ることを同意させられたのだ。
しかしそれは、直哉にとってもやぶさかではないことだった。



この夜を迎えるに当たって、直哉はいろいろシミュレートした。
祥太郎のことだから、写真を撮るなどということは本当にワンチャンスに違いない。それならば、最大限に乱れてもらいたい。
それで、今までずっと試したくてできなかった器具を使うという事にもチャレンジしてみたのだ。

祥太郎は油断していたのかもしれない。じっくり時間を掛けたキスで篭絡して、弛緩したところにピンクローターを持ち出してみた。判断力の薄くなった祥太郎を丸め込むのは簡単だった。
最初に小さな器具を埋め込む時こそ多少の抵抗を見せたものの、今祥太郎は内部にそれを受け入れて、いつもよりよりしどけなく、積極的に直哉にしなだれかかってくる。
直哉は改めて祥太郎を見つめた。常にない刺激に、肌をピンク色に上気させた祥太郎は、直哉の舐めるような視線に身震いした。

「やだ…っ、恥ずかし…っ。」
「膝閉じちゃダメ。ほら…言うこと聞けないと…。」

直哉は祥太郎の細い足を足首からゆっくりなぞった。
直哉の指が触れるだけで祥太郎は切なげに息を荒げる。その反応がかわいくて、直哉は目を逸らせない。

ガーターにたどり着き、難なくコントローラを探し当てた直哉は、そのつまみをほんのわずか押し上げた。
チキ、と一メモリ分歯車が巻き上がった音がする。

「ひ…、あぁ…っ!」

祥太郎の薄い体が跳ねる。コードをはみ出させたところが、一瞬ぎゅっと絞り込まれた。

「まだ…強くできるけど、試してみる?」

耳元に息を吹きかけるように囁く。祥太郎は激しく首を振った。
細い腕がぎゅっと首にぎゅっと絡みついてくるのを、直哉はかなりもったいないと思いながら外して、それを祥太郎の足の間へと導いた。

「手はここでしょ。そう。…いつも一人でしている時みたいに。」
「一人で…しないもん。」

小さな呟きが漏れた。直哉はちょっとびっくりして祥太郎の顔を見下ろした。

「直哉君と…いる時しかしないもん。一人でしたって気持ちよくないもん。
だから…もう、早くぅ…。」

大きな瞳からは涙が溢れては流れている。直哉はその涙をキスで拭った。

「早く…何して欲しい?」

柔らかい太ももをなぞると、震えが伝わってくる。
コードをたどって、入り口に指を押し当てた。

「手伝ってあげるから、一人でイってごらん? そうしたら、お望みのものを上げるから。」

僅かに力をこめるだけで、祥太郎のそこは直哉の指を受け入れていく。
祥太郎のあえかな声を聞きながら、直哉は猛り狂いそうになる自分を必死に宥めていた。
機械的な振動が、侵入させた指先に規則正しく伝わってくる。異物を内部に孕んだそこは、かつてないくらい熱く、とろとろに蕩けている。

「あっ、あ…、あっ。」

直哉の指が少しずつ忍び込むたびに、祥太郎は甘い声を上げ、腰を揺らす。
両手はいつの間にか、直哉に従うようにきつく自身を握りこんでいる。

「本当はさ、俺と同じ太さのものをくわえ込んでいる先生の写真が欲しかったんだ。」

確かに雪紀の言うとおり、接写では二人の交わりの細部は写せない。

「でも、そんなのもうどうでもいい。物凄く、可愛いよ、先生。」

指を蠢かすと、面白いように白い足が跳ねる。指の先にローターを感じて、直哉はそれを摘んだ。
一息にそれを引き出すと、祥太郎は子猫みたいな悲鳴を上げた。
腹に白いものが散っている。今のショックで達してしまったものらしい。

シーツの上にローターが転がっている。未だに未練たらしく蠢くそれが、祥太郎の中にあった証の粘液を絡めているのを見て、直哉は憎悪に近いものを感じた。
こんなものに、しかも自分が仕掛けたものにまで嫉妬を覚えるなんて、いい加減自分も終わってる。

放心していたはずの祥太郎の腕が首に絡みついてきて、直哉ははっとした。

「直哉君…、直哉君がいいよう。」

胸元に栗色の頭が擦り付けられている。
祥太郎は恥ずかしさをかみ殺すようにくぐもった口調で哀願した。

「言うとおりにしたんだから、ご褒美…直哉君ので僕を一杯にして。機械なんかじゃ満足できない僕にしたくせに…っ。」

俯いた祥太郎は、白い襟足まで赤く染めている。
祥太郎は直哉に擦り寄ると、自ら下腹部を直哉の腹にこすりつけた。

「直哉君じゃなきゃ、やだぁ…。」

ぞくりと背筋に鳥肌が立った。
直球過ぎる祥太郎の誘いに、気がつくと直哉は祥太郎の細い背中が反り返るくらい強く抱きしめていた。

祥太郎の細い両膝を抱えて持ち上げた。すでに直哉の準備は先ほどから万端に整っている。
大きく組んだ胡坐の上に祥太郎をそっと落としていく。
熱くたぎるものが祥太郎の柔らかい肉に包まれていくと、膝の上の祥太郎がすすり泣いた。



そして3日後。直哉は雪紀と咲良の前に呼び出されている。

先日の痴話げんかが嘘のような密着ぶりに、直哉は内心憤りを超えて呆れている。
直哉はといえば、首尾よく祥太郎との夜にカメラを持ち込むことに成功したものの、案の定ふてくされた祥太郎に、今徹底無視を食らっている最中だ。
きっと2週間くらいはご機嫌が直らないのに違いない。

「で! どうだったんですか、直哉さん!」

全身からワクワクという音が聞こえてきそうな咲良が、身を乗り出す。
直哉は諦めて、デジカメからプリントアウトした写真を取り出した。

「写すことは写したけど、これだけだ。他には1枚も撮れなかった。」

期待に満ち溢れた雪紀と咲良が写真を覗き込み、途端にがっかりした顔をする。
そこに移っているのは、すべてが終わった後、疲れ果てて寝こけている、祥太郎の太平楽な寝顔だけだ。

確かに直哉も、何度もカメラのことを思い出しはしたのだ。
だが、いつになく反応のいい祥太郎に目を奪われていて、一時も目を逸らせなかった。

だが、その写真の祥太郎の頬に残る涙の跡や、乱れた髪にどんな理由があったかなど、雪紀と咲良は知らないのだし、教えるつもりも毛頭ない。
これは、直哉だけが独占する思い出であって、他人と共有するいわれはない。
祥太郎の可愛い姿は、自分一人が知っていればいいのだ。

「…こんなんじゃ、オカズにならねーだろ。」
「ふん。なんとでも言ってろ。」

なるんだ。と咲良が小さく呟く。
雪紀はこれ見よがしに片方の眉を跳ね上げた。

「やっぱり人のことは言えねーな。おまえもガッツリ変態じゃねーか。」

確かに、と直哉は一人ごちた。