赤い窓




口喧嘩のきっかけはいつもどおりほんの些細な事で。

半年前、俺のマンションに転がり込んできたタカオはとんでもなく俺サマな奴で。
駆け出しのカメラマンなんてやくざな職業だから、いつでも懐はピイピイで。
食費からフィルム代まで俺にたかりっぱなしのくせに言う事だけはでかくて。
だけどそんなタカオの強い眼差しに、俺はいつでも逆らえない。

本当は今日の喧嘩だって、愚にも付かない事だった。
そりゃ、せっかくタカオが誘ってくれた食事中に目移りした俺が悪いのかもしれない。
だって、タカオの斜め後ろに座っていた名前も知らない奴。
そいつの着ていたエクセーヌの茶色いジャケット。
俺がタカオにプレゼントしようと、だいぶ前からねらってるやつにそっくりだったから。

きっとタカオの方がきれいに着こなすだろうとか、
タカオの髪の色の方があの茶色には映えるとか、
そんな事を考えていたから、奴に目が釘付けになっただけなんだ。
決してタカオをないがしろにしたわけじゃない。

だけどタカオがあんまり切ない目をするから、
俺とのデートのために、いっしょうけんめいバイトしたなんて言うから、
俺はほんの少しほだされてしまったんだ。
一晩だけタカオの言いなりに…すべてタカオの好きにしていいなんて約束を。
タカオにこんな趣味があるなんて微塵も知らずに。

真っ先に両手を縛られた。
冷たいキッチンの床に子供みたい膝を立てて座らされる。
肌を傷つけないための柔らかい絹の紐はすべって結びづらそうで。
なのに、面倒くさがりのタカオが酷く嬉しそうにして。

シャツのボタンを丁寧に外して、
タカオの手が忍び込んでくる。
現像液に荒れた手は敏感な肌をザラザラと刺激して、
それだけで俺の息を乱させる。

「マコは本当にきれいだよなあ。」
睦言の時だけの、女みたいな呼び方をして。
「もうちょっと脅えてみせてよ。」
拗ねたような目で唇をついばむ。

とうに肌蹴られたシャツは、
後ろ手に繋ぎ止められたテーブルの足に緩くわだかまって。
「ちょっとだけ腰上げてよ。」
甘い声でねだられれば、
すべての衣類を簡単に剥ぎ取られて。

「かわいいよ、とっても。」
タカオは意地悪くクスクス笑う。
立てた膝に手が回されて、優しく強引に開かれる。
隠しようもなくすべてタカオの目の前にさらけ出されるように。

あまりの恥ずかしさに、
喘いで身を隠す物をせがむと、
タカオが取り出したのは一枚のスカーフ。
薄い、サテンの。

「恥ずかしくなければいいんだろう?」
タカオが隠したのは、俺の両の目。
俺に許されたのは、薄い布越しの、
おぼろげな視界だけ。

忍び笑いと一緒に、タカオの香りが近づいてくる。
喉元に押し付けられたのは熱い舌。
俺の肌に所有印を刻み込む、
熱い痛みと音とを残しながら這い降りて。

いつもと同じタカオのはずなのに、
スカーフ越しの彼は何だか知らない人みたいで。
覚えのない緊張が、はだしの爪先を不自然に捻じ曲げる。

「震えちゃってるよ。恐いの?」
ざらついた手のひらが、腿の内側をゆっくり撫でていく。

不意に与えられた鋭い痛み。
短い悲鳴を上げれば、胸の上のタカオは
うれしそうに笑いを漏らして。

「あんまり可愛いから食いたくなっちゃった。」
宥め透かすように嘗め回す胸の印からは、
暖かい物が流れる感覚。

「なあ、マコ、ピアスしてよ。」
縋り付くように手を這わせて、いきなりねだる。
「俺一人のもんってわかるように。」
更に開いた膝をこじ開け、その間に身体をねじ込む。
「ここと、ここに。」
つつかれたのは、噛まれた乳首と、欲望の先端。

「きれいな鎖で繋ごうよ。マコは白くてきれいだから、
プラチナが良く似合うよ。」
ざらつく指が、俺自身をそっとなぞって誘っていく。
「力いっぱい引っ張ったら、きっとマコはかわいい声で鳴いてくれるね。」

「ああ、だめだめ、嫌がってるふりしたって。
だってマコ、もうこんなにとろとろだもん。」

気まぐれに訪れる愛撫やキスは、
タカオの言う通り俺をとろとろにとろかして
タカオの言葉だけを待つあさましい物に変える。

「こんなところまでこぼして。
いやらしいね、マコ。」
ゆびさきがざらりと先端を撫で、透明に滴る液を掬い上げる。

「口開けて。ようく濡らして。」
2本の指が深く刺し込まれる。
俺の口腔内を犯すように弄ぶ、僅かに苦い、指。

「マコの唇って柔らかい。
舌も…上等な果物みたいに柔らかくってびちょびちょだね。
いつか噛み切って、死なせちゃいそうだ。」

いつかタカオの腕の中で、
熱いキスと溢れる血に溺れながら
儚くなれるのだろうか。

前触れもなく指を引き抜かれる。
思わず物足りなさに唇を尖らすと、
軽く笑いながら、ついばむようなキスが降る。

「力抜いて。もうそろそろ欲しいんだろう。
欲しいってねだってごらん?」

指が入り口に押し当てられる。
「よくばりだね。もう飲み込もうとしてる。
上手におねだりできないと、食べさせてあげないよ?」

いじわるな爪が柔らかい肉を引っかいて、
ほんの少しだけこじ開ける。
苦しいくらいの胸の鼓動に急かされて、
はやくと上ずった声を上げてしまう
上下の唇。
だけど押し込まれたのは、
指とは似ても似つかない硬い感触で。

「これ? フィルムケース。
マコの中がよく見えるよ。
燃えそうに真っ赤だ。」

羞恥に身を捩る俺を残して、
タカオの重みが遠ざかる。
次の瞬間感じたのは、短い閃光。

「足閉じるなよ。
隅から隅まで全部写してやるよ。」

おぼろげな視界にタカオの輪郭が移る。
顔の前に何かを構えて。

「マコのいやらしい姿、きっと高値で売れるよ。」

次々光る閃光で、まぶたの裏が焼ける。
いくつも残った赤い窓。

「大丈夫。目隠ししてるから誰だかわからないって。
それともわかったほうがいい?
敏腕課長のこんな姿…おまえの会社ではどんな風にとられるかな?」

冷たい声が耳を打つ。
拒んで、足を閉じようともがいても、
乱暴な腕に阻まれて、
また新たな赤い窓を見る。

自由にならないことが嫌なんじゃない。
写真を撮られても構わない。
だけどそれをタカオ以外の誰かには
絶対に見られたくない。

ついに泣き叫んで許しを乞うと、
不意に暖かい腕に抱きすくめられる。

「やっと泣いたね。
マコのマジ泣きが見たかったんだ。」

サテンのスカーフが外されれば、
タカオの手には、
ただフラッシュがあるだけ。

「俺がマコの本気で嫌がることするわけないじゃん。
だけど1枚ぐらいは撮ってるかもわからないよ?
俺だけの宝物に。」

両腕の戒めを取られると、
そこにもくっきりと赤い印。
タカオは敬虔な信者のように、
その窓辺に唇を寄せる。

「マコはいつもきれいで凛としてるから、
二人だけの時には思い切り乱れて欲しいんだ。」
甘ったれるように俺の胸に顔を埋めて。

「だからピアス。
マジで考えてよ。」

確信的に光る目は、懇願というより命令で。
俺は釣り込まれるように
ゆっくりと頷く。

まぶたの裏に残る
赤い窓に囚われるように。



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