影響されやすい欲求




直哉は途方にくれていた。目の前の祥太郎はしょげ返っている。

「本当にごめんなさい。僕…なんと言って謝っていいか…。」
「全然大した事じゃありません。もう顔を上げて下さいよ。」
「だって…僕思いっきりひっぱたいちゃったもん。…痛かったでしょう?」
「いや…そんなには…。」

直哉はちょっとチリチリする頬を掻いた。
祥太郎の必死の形相の平手打ちはくすぐったい程で、雪紀や佐伯氏のスナップの効いた張り手に子供の頃から馴染んでいる直哉には別になんのダメージもない。

「僕…ちゃんと、直哉君が弟思いのいいお兄さんだって知っているのに…。こんな事じゃ、直哉君にも隼人君にも嫌われちゃうよ…。」
「いや…そんな事はありませんよ。」

直哉はもう一度頬を掻いた。
隼人はともかく、自分が祥太郎を嫌う事など金輪際有りそうもないし、それに自分は祥太郎が評価してくれるほどには弟思いでない気もする。

そもそも隼人がいけないのだ。
珍しく組み手をしてくれ、などと言い出して、生意気にも俺に向かっていい蹴りを放って来たりするから…遊び半分の組み手のつもりがつい熱くなってしまったのだ。

直哉の正拳突きが綺麗に決まったところに祥太郎がひょっこり顔を出し…勝手に兄弟喧嘩だと勘違いしてくれたのだ。
そうして間に飛びこんできたかと思ったら、いきなり飛びあがって平手打ち。
大して痛くない平手は音だけは派手で、まわり中の注目を集めてしまった。

直哉は祥太郎が飛び込んできた時点で動けなくなってしまった。
なにしろ、近頃隼人は富みに生意気になっている。いい機会だからちょっとは性根を据えてやろうと、正拳の上にさらにキツイ一撃を加えようとしていたところに飛びこんできた祥太郎には肝を冷やさせられた。
子供の頃から武道に慣れ親しんできた隼人と違って、祥太郎などどついた日には、大怪我をさせてしまうに違いない。

直哉はバクバク言う心臓をもてあましていた。
すんでのところで、自分のこの手で祥太郎を殴ってしまうところだった。そんな恐ろしいことは到底できそうにない。
それなのに、祥太郎はそれでは気がすまないと言うのだ。



「ねえ、直哉君、お詫びに僕のこと…殴ってくれていいから。僕だって思いっきり力込めちゃったんだから、そうしてくれないとあいこにならないよ。」
「いや、あいこになんてならなくていいですから。」
「だってそれじゃ、僕ばっかりが一方的に直哉君を殴っちゃったことになるじゃない。
直哉君に恥をかかせて…僕は同じだけの罰を受けなくちゃ、フェアじゃないよ。」

直哉は困り果てて眉間に皺を寄せた。
多分祥太郎は、直哉が本気を出したら、その平手にどのくらいの威力があるかなんて全然わかってないのだ。
祥太郎が飛び出してきた時点で、とっとと逃げ出してしまった隼人が恨めしい。
せめてあいつがいたら、実際直哉の張り手がどれだけ危険か実地で見せてやれるのに。

「いいですか、祥先生…。」
「それとも直哉君は…!」

なんとか丸めこんでしまおうと口を開きかけた直哉を遮って、祥太郎は口を挟んだ。
思わず見とれてしまうくらい真剣な瞳がそこにはある。

「僕のことなんか…本気で相手にしてくれないの?」

直哉は思わず息を呑み、ややあって観念したかのように深くため息をついた。

この目だ。こんな瞳で縋るように見つめられて、自分が祥太郎に勝った例が今まであったろうか?

直哉はそっと手を上げた。
祥太郎が打撃の反動で首を痛めてしまったりしないように、左手を頬に添える。
祥太郎の顔は小さくて、直哉の掌で頬をすっかり覆い被せてしまえる。

「そんなにおっしゃるなら…いいですか、しっかり歯を食いしばっていてくださいよ。間違っても目を見開いたりしてはいけませんよ。
俺は先生を傷つけたりしたくないんです。」

祥太郎は一瞬見開いた目を、慌ててぎゅっと瞑った。
言われた通りに歯も食いしばって、小さな顔がますます小さく見える。

直哉は目の前でぷるぷる震えているその顔を見下ろした。
薄いまぶたにはアイシャドウでも引いたかのように血管が空けて見える。
ちょっと上向きかげんの華奢な鼻筋なんか、自分が力を入れて殴ったら簡単に曲がってしまいそうだし、ふっくらした唇は、殴るまでもなく噛み締めすぎて血を流しそうだ。
それにこのほっぺた。もちもちしてつるつるで、赤ん坊みたいにほのかなピンクに染まっているこのちっちゃなほっぺたを、標的にしなくてはならないのだろうか。
積んだ瓦をゆうに10枚は割っちゃうこの手で。

直哉はそれでも一応手を振り上げた。
祥太郎の言い出したら聞かない性格はよーくわかっている。
どんなに祥太郎にとって不利なことでも、言い出した以上、実行されねば気がすまないだろう。

だがやっぱり…無理だった。
なにしろ欲しくて欲しくて、やっと手に入れた祥太郎だ。
1年前ならこうして手を触れることも敵わなかったこの愛しい人のほっぺたに、どうして自分が手を打ち下ろせるだろう。

直哉は振り上げた手をそっと下ろした。
祥太郎の頬に軽く当てると、ぺち、と間抜けな音がする。
祥太郎の頬を両手に挟んだ姿で直哉ははーっとため息を吐き出した。さらに無理難題を吹っかけられることは目に見えている。
案の定、目を見開いた祥太郎は、見る見るその目に不満げな色を浮かべた。

「先生…これで勘弁してくださいよ。」
「やだ! 直哉君は…僕なんかちっとも本気に相手にしてくれないんだ! 僕のことなんてほんとはどうでもいいんでしょう? そうなんでしょう?」

畳み掛けられて、直哉は返答に困る。
さらに覗きこんでくるその瞳が、うるうると涙を湛えるに至っては、全くお手上げの気分だった。
どうやらやっぱり自分は、この大事でならない人に危害を加えねばならないらしい。

そこで直哉は不意に、あることを思い出した。

目の前で、怒りにキラキラ瞳を煌かせている人を見下ろして、思わず生唾を飲み込む。

「ほっぺたは無理ですけど…別のところなら…叩けるかもしれません。」

直哉の思い出していたのは、春先の保健室だった。



直哉は憮然とした顔で歩いていた。
手には山のような資料。後ろからは瑞樹がちょろちょろとついて来ている。

今日の放課後は、校内統一の委員会があって、直哉は保険委員から健康診断のための資料を渡されたのだ。
生徒会長たる雪紀は、なぜかちゃっかり咲良と姿を消していて、この膨大な資料を保健室へ運ぶのは、直哉と瑞樹の仕事になってしまった。
瑞樹一人に押し付けてもよかったのだが、保健室を酷く嫌がる瑞樹にそれも酷で、仕方なく貧乏籤を引くことになったのだ。

保健室は広大な校舎の1階の端にある。
なぜか薄暗くかんじるその廊下を進んでいくと、ぼそぼそと話す声が聞こえてきた。

こんな下校時刻もとっくに過ぎた校内に、まだ残っている生徒がいるのだろうか。
直哉は首を捻りながら、開け放してある入り口に立ち、そこで息を飲んだ。

そこにいるのは保険医の前田。クリーニングからおろしたてのような白衣も、酷薄そうな眼鏡もいつものままの彼が、うっすらと頬を紅潮させ微笑んでいる。
その膝の上には生徒が一人腹ばいになっていて、なぜか彼は下半身が剥き出しなのだ。
ひらりと前田が平手を振った。
直哉の方に向けられている、その生徒のピンク色の臀部に前田の薄い掌が打ち下ろされれば、パァンと甲高い音がする。
生徒はきゃうっと、子犬みたいな悲鳴を上げた。

「きゃああっ!」

直哉は背後で上がった悲鳴と物が落ちる音で我に返った。
瑞樹が蒼白になって震えている。前田と膝の上の生徒も闖入者に気付いたらしい。
前田が顔を上げると、瑞樹は再び悲鳴を漏らし、転がるように逃げていってしまった。
前田の膝の上の生徒も驚いたらしい。
急いで立ち上がったが、くるぶしのあたりにわだかまっている制服と下着とに足を取られて転びそうになる。
前田が落ち着き払った態度でベッドのカーテンを引いてやると、彼はその中に転がり込んで身を隠した。

前田は直哉に向き直った。
まさか瑞樹のように悲鳴を上げて逃げ出すことなどできない直哉は、瑞樹が放り出した書類を拾いながら、そこにとどまっているしかなかった。
校内でまさかの不埒な行為に励んでいる保険医をきつく睨み据えると、薄笑いを浮かべた前田の目に、ほんの僅か、狼狽が走ったように見えた。

「無粋ですね、君も…。せっかく躾を施していたのに。」
「躾? 躾だっていうんですか、あんなのが…!」

直哉は拾い集めた書類を前田の胸元に突き付けた。
前田は面白くもなさそうにそれを放り出すと、もう一度直哉へ向き直った。

「もちろん。私が私の犬を躾ないでどうします。」
「あれは…どう見たって虐待じゃありませんか! それに…セクハラだ!」
「ふふ…。君もまだ青いな。」

前田は掌をひらひらと振った。
真っ赤になっているそれは、あの小柄な生徒に長時間強い打擲を与えていた事を示している。

「私は、羽名が可愛いのですよ。だから、羽名が間違った事をした時には、正しい道を示唆してやるのは私の義務です。それに…。」

前田は目を細めた。

「なにより羽名が喜びますからね。私の愛情に触れられて。」
「な…。」

直哉は言葉を無くしていた。
ベッドのカーテンが薄く開いて、その後ろの羽名が様子を伺っているのが見える。
おどおどとしたその目が向ける非難の先は、確かに前田でなく、直哉だった。

「さあ、わかったら行きなさい。私が自らの手を痛めて、羽名に施す躾に懐疑的であるならね。それとも…このままそこに突っ立って、私がさらに進んだ躾を施すのを見ていきますか?
羽名…、おまえの恥ずかしく乱れる姿を、この真面目そうな副会長に見てもらいたいかい?」
「いや…いやです…。」

カーテンがふらふらと揺れた。
しかし、カーテンの陰からこっそり様子を伺っている羽名は、覗かせた片目の縁をぽってりと赤らめている。それは欲情に濡れた目だった。
そして、さっき直哉は気付いてしまったのだ。

物陰に逃げ込んだ羽名の恥部が、今にも雫を滴らせそうに屹立していた事を。

きっとこのまま前田がカーテンを引き開けて、言葉の通りに直哉の目の前に恥ずかしい姿を晒したとしても、羽名は拒めないに違いない。

直哉は頬に血が上るのを感じながら、厳しい顔を作って踵を返した。
しかし、場違いに脈打つ胸が、二人の秘め事に感化されて柄にもなく焦っている自分自身をさらけ出しているようで、なぜか敗北感に襲われてしまう。

足音を響かせてその場を去ると、前田の含み笑いが追いかけてくる。
そして、また激しく柔肉を打つ音が聞こえてきたのだった。



直哉は深く息をついた。さっきとは違う動悸が胸を打っている。
直哉のマンションまで連れてこられた祥太郎は、どこか居心地悪そうに見えた。

「あの…直哉君…。」
「俺の平手がご所望なんでしょう?」

少し強い目をすると、祥太郎はやっと頷いた。

「俺は、先生の顔を殴るなんて真似はできません。先生はご存知無いかもしれないけど、俺のこの手は、瓦だろうがブロックだろうが割っちゃうし、リンゴくらいなら握りつぶすこともできるんです。」

脅しつけるようにそう言って、わざと拳に力を込めて見せた。
たちまち普段はさほど目立たない筋肉が盛りあがり、血管を浮かせる。祥太郎はそれを見て怖気ついたように腰を引いた。

「この手で先生を殴ったら、良くても鼻血は免れません。下手すれば眼球破裂くらいさせちゃうかも。」
「…………。」

祥太郎は強ばった顔を自分の両手で挟んだ。それでもまだ、やっぱり止めたとは言わない。
困り切った、縋るような目をして直哉を見上げている。
分かってはいた事だが、祥太郎はどうしようもない意地っ張りなのだった。

「そこで提案です。」

直哉は上ずってしまいそうになる口調を無理に押さえた。

「お尻なら…遠慮なく叩けます。」
「へ…?」

きょとんとする祥太郎をじっと見つめて、直哉は姿勢を正した。

昔、悪さが過ぎて、よく雪紀と一緒に佐伯氏に折檻された。
その時は大抵堅い板の間の上で、佐伯氏は端正な正座の上に二人を代わる代わる押さえつけたものだ。
あの床の底冷えする感じは、それだけで随分と佐伯氏の威厳を見せつけたように思う。
しかしここは柔らかい皮張りのソファーの上だ。祥太郎にはあの切ない思いをさせなくてすむに違いない。

「さあ、ここに来て下さい。」

自分の膝をぽんぽんと叩く。
祥太郎は目を真ん丸く見開きながらも、素直に近づいてきた。

「ここに腹ばいになって。…ああそう、ズボンを取ってください。下着も。」
「へっ、下着…も?」
「当然でしょう。お仕置きなんですから。」

胸がドキドキする。このように、言葉を強くして言ってみても、本当に祥太郎がそれに従わなくてはならない理由はないと、直哉は思っている。
だからこれは賭けなのだ。うっかり誘いに乗りやすい祥太郎が、言うことを聞いてくれればもうけ物。もし聞かなくても、軽い冗談ですませられる程度の。

しかし、祥太郎は直哉が思っている以上に責任を感じているようだった。
細い肩をますます小さく竦めると、おとなしく動き出す。
少しの間、バックルが金属音を立てていたが、やがて足元にストンと落ちたズボンと下着を、祥太郎は所在なげに押しやった。

(おいおい…)

直哉はごくんと唾を飲みこんだ。
白いシャツの裾から、直接細い足が伸びている。
その伸縮性に乏しいシャツを祥太郎は懸命に引っ張って、なんとか直哉の視線を逸らそうとしている。
そして、その足には白いソックスがはかれたままなのだ。肝心な部分だけ裸の祥太郎は、なにか誘っているように見えた。

「これで…いい?」

直哉は慌てて頷いた。
自分の膝の上に目線を落とすと、祥太郎がおずおずと這い寄って来た。
そうして、直哉の膝の上に両手をついて、懇願するような目つきで見上げるのである。

「あの…あの、直哉君、僕明日も学校があるんだから…その。」
「大丈夫。さほど酷くはしません。」
「そういうことを言っているんじゃなくて…そのぅ。」

祥太郎の言いたいことは直哉にはよく分かる。
要するに、そのままベッドへなだれこむようなことは避けたいのだ。
しかし…ここまで煽られて、これ以上自分の抑制が効くとでも、祥太郎は本気で思っているのだろうか?
なおも縋るような目をする祥太郎の顔を見なくてすむように、直哉は膝の上の小さな肩甲骨を押さえつけた。

シャツの後ろ部分が邪魔だ。ワイシャツが出来た当初は下着の代わりも果たしていたというその部分は、うまい事祥太郎の臀部を覆ってしまっている。
直哉はそれをそっとめくり上げた。つるりとした尻が現れて、膝の上の身体が強張った。

直哉はしばし感激した。祥太郎の肌をこんな位置から見たのは初めてだ。
背骨のラインが映る背中と、臀部との境目─キューピーの羽の位置─には可愛らしい窪みが出来ている。
そんな事を知っているのも自分だけだと思うと、ますますドキドキした。

直哉はごくりと生唾を飲み込んで、呼吸を整えた。思い切って右手を閃かす。
パシンッと、乾いた音がした。

「ひゃん…っ!」

祥太郎がびくっと竦みあがった。

そんなには痛くなかった筈だ。何回も打てるように、力を加減したんだから。
それでも、掌が当たった瞬間に、柔らかい尻の肉はぷるんっと震えた。まるでプリンを揺らしたみたいだ。
頬に血が上るのが分かる。きっといま、自分はあの時の前田みたいににやにや笑っているに違いない。直哉はそう思いながら、次々手を振り下ろした。
パンッ、パンッ、パンッ…音が続き、掌が熱くなっていくと、祥太郎の上げる声が次第に高くなってきた。
同時に青白かった尻が次第に赤らんできて…花が綻んでいくみたいだ。

「や…やだやだっ、もう…っ!」

不意に祥太郎がじたばたと暴れ出した。10発目を過ぎた頃だ。
うっとりと膝の上の暖かい重みを味わっていた直哉は、はっとした。それと同時にうっと息を飲んだ。

祥太郎が不自由に身体を折り曲げて、直哉の顔を見上げている。

そのしかめた顔は、羞恥のためにか真っ赤に染まっていて、大きな瞳には溢れんばかりに涙がたまっている。
そのキラキラと光を含む瞳を見ていると…もっと泣かせたくなってしまう。
祥太郎の尻の上で所在無く止っていた手が、少し緊張した。

「もう…っ、いいでしょ、お尻痛くなっちゃう…あ。」
「う…っ。」

無理に身を起こそうとした祥太郎は、慌てて手を引っ込めていた。
不用意に、直哉の股間についた手の下に、普通の状態ではありえない熱い固まりを見つけてしまったからだ。

祥太郎がなるべくそっと起き上がっていく。
打たれた尻はひりひりするようだが、今はそれどころではないのだろう。なんだか猛獣に追いつめられた小動物のような目をしている。
さっき脱ぎ散らした服を探したいのに、うっかり目を逸らせない。上手に逃げ出したいのに、尻に当てられた手は離れてくれないし、どうしようかと戸惑っているのが手に取るように分かる。
その上、なぜか直哉の顔がどんどん近づいてきているのだ。ついに鼻先がぶつかって、祥太郎は小さく声を上げた。

「直哉君…、僕さっきちゃんと言ったよね。今日はダメだって。」
「ええ…伺いましたよ。」

直哉はにっこり笑うと、祥太郎の白い膝小僧に手を掛けた。
こじ開けようとすると強い反発があって、返って直哉は嬉しくなる。

「ちょっと…! 何考えてるの?」
「何? 何って…祥先生とおんなじ事。」

さらに顔を寄せて、真っ赤になっているほっぺたにちゅっと小さく口付けると、もうそれだけで祥太郎は火を吹きそうな顔色になった。
真っ白いソックスを履いた素足が、それでもまだ往生際悪くもがいている。

「僕っ、そんなエッチな事、考えてないもん!」
「へーえ、それじゃやっぱり俺と同じ事考えてるんだ。」
「そっ、そんなことないって…あ…っ!」

尻に当てたままだった中指を深く折ると、目に見えて抵抗が削げた。シャツの下に手を這わすと、甘いため息が漏れて、従順に胸を反らす。
ピンク色に染まった尻が、最後の抵抗のように直哉の腕の下で弱々しくもがく。
華奢な足を抱え上げて、直哉はまず、柔らかそうな内腿に、唇を押し当てた。



そうして、ややあって。
直哉は平身低頭している。
ソファーの上で蹲ったままの祥太郎は、少しも機嫌を直してくれない。

「もうっ! 直哉君のバカ! スケベ! ケダモノ!」
「だって…先生があんなに煽るから…。」
「煽ってなんかないもん! 叩いていいとは言ったけど、あんなに今日はしないでって言ったのに!」
「そしたら先生…半裸にソックスはまずいですよ。」
「だって! そんなに簡単に直哉君が鼻息荒くなっちゃうなんて思わないもん!」

祥太郎は元気に文句を言って、盛大に顔を顰めた。腰でも疼いたらしい。
思わず手を伸ばすと、ピシャンと冷たくひっぱたかれてしまう。

「もう直哉君は信用ならない! 僕がいいって言うまで指一本触っちゃダメッ!」
「そんなあ…。」
「それに…こんなに跡だらけにしちゃって…、ネクタイ一つ緩められないじゃない!」

それに関しては…と、直哉は心の中で舌を出した。
わざとやったのだから、咎められても仕方がない。

「先生…もう勘弁してくださいよ。もうしちゃった物はしちゃったんだし、先生だってあんなに声上げて、悦んでいたじゃありませんか。」
「悦んでないっ! あ…あんなこと用意も無しにされちゃったら、声ぐらい出ちゃうに決まってる!」

祥太郎は顔を真っ赤にして憤慨している。
形勢逆転だな、と直哉はそっと一人ごちる。

祥太郎のこの慌てようが、なによりも雄弁に、祥太郎の肯定を物語っている。
どうやら直哉は、祥太郎を十二分に満足させたらしい。

直哉は静かに腰を上げた。
まだ真っ赤な顔で、直哉を睨むフリをしている祥太郎にそっと近づいて耳元で囁く。

「今日の先生、凄く可愛かった。もっと先生の可愛い顔みたいから…。」

言葉を切って祥太郎の目を覗き込む。肩を竦めた祥太郎が、間近からじっと直哉を見上げている。

「またいつか…膝の上で叩かせてよ。」

囁くと、ちっとも痛くない拳固が飛んできた。





戻る