俺は小一郎




俺は小一郎。主殿の式だ。
形は主殿に似せてあるから人としては立派な大人だ。だが式としてはまだ年若い。
ゆえに判らぬ事もたくさんある。
最近特に気になることがある。主殿とうつけのことだ。

二人が何をしているのかよく判らない。うつけがほわほわした顔をするから、きっといいことには違いない。だが、理由と目的が皆目見当つかぬ。
てれびでもしばしば見かけるから、きっと一般的な行為ではあるのだろう。
だが主殿は俺には決してそれをしてくださろうとはしない。
なぜだろう? 俺の疑問はいや増すばかりだ。
俺は思い切ってうつけに聞いてみることにした。少し癪だが、背に腹は変えられない。

「おい、うつけ!」
「なにさ、小一郎。」

少しえらそうに胸を反らして問い掛けた俺に、うつけはきょとんとした顔で振り返った。いつもの事ながら、見開いた大きな瞳がくりくりと動く様がまるで小動物のようだ。

「おまえに折り入って聞きたいことがある。」
「…うん、いいよ。僕に答えられることなら何でも教えてあげる。」

うつけは俺が物を聞くと、なぜか嬉しそうな顔をしてみせる。小癪だが少しは心地いい。

「おまえと主殿との事だ。」
「僕と天本さんの? 何の事だろ?」

うつけは小首を傾げた。斜め下から俺を掬い上げるような視線で見つめる。

「なぜおまえと主殿はしばしば抱き合うのだ?」
「抱き…。」
「おまえがよく言う、『ぎゅっとして』というやつだ。」

途端にうつけの顔がぼかんと真っ赤になった。こいつはころころと表情や顔色を変える。主殿がいつも落ち着いた涼しげな顔をなさっているのに比べると、赤くなったり青くなったり、本当にめまぐるしい。まるで“しんごうき”のようではないか。

「そっ、そんなっ、ことっ…!」
「それからその後している事、あれは口吸いと言うのだろう? あれはなぜしているのだ?」
「くっ、くっ、くちっ…。」

うつけは不出来な土鳩のように、しばらくくくくくとうめいていたが、やがて両のこぶしを握り締め、ふるふると小刻みに震えだした。

「それに、主殿はどうして、俺にはそれをしてくださらないのだろう? 俺は不思議で仕方ないのだ。」

なあ?と、問い掛けると、うつけはいきなりがばっと面を上げた。幼子のように頬を真っ赤に高潮させ、俺に向かって喚き散らした。

「そんなのっ! どこで見てたのさっ! こっそり見てるなんてひどいよ!」
「こっそりとは心外な。俺はいつもの人形の中にいるのに、おまえが勝手におっぱじめるのではないか。」
「お、おっぱじめるって…。」

うつけは真っ赤な顔で口をぱくぱくさせた。これはどこかで見たことがある。
…そうか、いつかうつけが夜店で取ってきた金魚に似ているな。

なんだか知らないが、うつけはたいそうへそを曲げたらしい。俺の顔をきっとにらみ付けるといーっと歯を剥き出してみせた。俺が唖然としていると、きびすを返して捨てぜりふを吐く。

「小一郎のばか! そんなの、天本さんに聞いたらいいじゃないか! 僕知らないよっ!」

俺の引き止める手をものともせず、うつけは駆け出していった。何という速さだ。空間を闊歩する俺よりもよほど速いのではないか。
主殿に聞けだと? それができるくらいなら、はじめからうつけなど頼らぬ。
第一、 そんな事を聞こうものなら、覗き見をしていたのがばれてしまうではないか。

俺は思わず行き場をなくした人差し指を咥えていた。
鼻からくすんとため息に似た息が漏れる。



うつけはやはり当てにならぬ。俺は自分で考えることにした。
主殿がうつけにはなさるのに、俺になさらないのはなぜか? きっと何か差があるのだろう。

俺とうつけの差とは何だろう? 主殿が俺に頬を寄せたくなるようななにか。
るっくす。麗しい主殿を真似て作ったこの姿が、ちんちくりんのうつけなどに劣るわけがない。
能力。考えるまでもない。妖しの俺の能力とうつけとを比べるだけでもお笑いだ。

あとは何があるだろう? うつけはよくドジを踏む。うつけは感情の起伏が激しい。うつけは見掛けによらず大食いだ…。
俺ははっしと手を打った。大食い! そうか、これがうつけと俺との差だったのだ。
なるほど、そう考えれば合点が行く。主殿が好んでうつけに顔を寄せるわけだ。抱き寄せるのは便宜上だろう。主殿のすることに、理由も目的も無いわけがなかったのだ。

「わかったぞ、うつけ! 今度はこの俺が、主殿に抱かれて口吸いをしてもらう!」

俺はダンッと方膝を突き、ふははははと高笑いをした。羊人形の中だったので格好がつかないことおびただしいのにはしばらく気付かなかった。



最近、敏生と小一郎が何やらもめているらしいことには気がついていた。いつものことだと放置しておいたが、一向に仲直りをする気配が無い。やれやれ、仲がよすぎるのも時にはこまりものだ。
そうこうしているうちに、小一郎の挙動が次第に不審になってきた。用も無いのに羊人形から抜け出しては、俺の周りをうろうろしている。
敏生は敏生で膨れっ面ばかりだ。

「天本さん、僕、あんなにお行儀悪くないですよねっ!」

たった今も俺の周りをうろついている小一郎を見て、敏生がふてくされた声を上げる。…そうしてみると、あれは敏生の真似なのか。一体何のつもりなのだろう。

小一郎の口の周りには、たくさんの食べこぼしがついているのだった。  



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