ピース




お母さんの名前が変わった。

僕はお母さんのお父さんになるという人の顔を見上げた。
でっぷり太った体を、高価そうなスーツに包んだその人は、優しそうに笑うけれども、目が笑ってない。薄い頭髪を透かして見える頭の天辺も、ほっぺたを掴んで両方から引っ張ったみたいに広がった顔も、年の割にはぎらぎらしてる。
僕はなんだか恐くなって、そっと目を伏せた。

「ちゃんとご挨拶をなさい。」

お母さんが声を掛ける。嬉しそうに笑っているけれども、お母さんがいらいらしているのは僕には分かる。
いつも綺麗で僕の自慢のお母さんは、そんな時でもやっぱり綺麗だ。
だけどそのしなやかな腕を巻きつけているのは、僕の腕じゃない。その人は僕の頭をぽんぽんと叩いた。

「可愛い子だね。」

肉厚の掌が、頭から肩の上に移される。洋服の上からなのに、その掌が熱くてじっとり汗ばんでいるのが分かる。
どうしてお母さんのお父さんになるのに、僕のお爺さんにはならないのだろう。僕にはどうしても分からない。
だけど分からないままでもいい。僕はこの人を好きになれそうもない。

お母さんの名前が変わってから、僕たちは住む家も変わった。
以前は古いアパートにお母さんと二人で住んでいた。家は建て付けが悪くて、戸を開け閉めするたびどこかががたぴしいった。
冬は隙間風が酷いから、僕は寒くてよく、お母さんの煎餅布団に潜り込んだ。お母さんは僕を笑いながらたしなめて、それでもコアラみたいに抱っこしてくれた。

部屋に入るためには赤いペンキを塗った鉄の階段をカンカン登らなくてはならなくて、僕はよく、下に住んでいるやかまし屋の大家のおばあさんにうるさいって怒鳴られた。
家並みはまばらであちこちに空き地があって、横倒しになった電柱とか、ぐるぐる巻いた何に使うのかよく分からないコードだとかは、僕らの絶好の遊び道具だった。
ブロック塀の模様の穴から鼻面だけ出して吠えまくる白いムク犬とか、こっそり取って食べるとすっぱくて涙が出そうになる石榴の木とか、そういったもの全部にさようならをして、僕らはこのマンションに越してきた。

ここのマンションは天井が高い。入り口を入ると、黒い石を敷き詰めたホールで、いつも難しい顔をしたガードマンが立っている。僕が挨拶をしても返事の返ってくることはない。
シャンデリアみたいな照明は、きらきら光って豪華だけれども、冷たい光を滴らせてるみたいで、僕はあんまり好きじゃない。
僕らの家に辿り着くために、エレベーターに乗らなきゃいけない。ここに来た最初の頃は、僕は階数ボタンを押すために、精一杯背伸びをしないと届かなかった。今は少しは楽になった。もしかすると少し背が伸びたのかもしれない。
重いドアを引き開けるとまず広い玄関ホールで、大きなキッチンと、お母さんの部屋と僕の部屋と、それから客間がある。どの部屋も、前のアパートの全部を足したより広い。
僕の部屋には大きなベッドと立派な勉強机。各部屋にテレビも置いてある。
前はたった一つしかないちっちゃなテレビを、お母さんとくっつきあって見ていたのに。

お母さんは部屋と一緒に自分も変えてしまった。
いつも一つに清潔にまとめていた髪が、ふわふわのパーマになった。洋服と宝石の数が増えると、その代わりに僕と話してくれる時間が短くなった。
僕は長い時間を掛けて電車で学校に通っていたから、うちにいるときは少しでも長くお母さんと話をしていたいのに。そう、僕は学校も変わった。お母さんがこっちの学校の方がいいと言ったのだ。

今度の学校には制服があった。紺のジャケットとグレーの半ズボン、ネクタイは2種類。紺を基調にしたチェックか、グレーの斜線の入ったエンジ色。
初めてネクタイを結んだとき、僕は窮屈でびっくりした。まるでこのマンションみたいに息苦しい。

「夢だったのよ。私立のお坊ちゃま学校にあんたを通わすのが。」

お母さんは、僕とは正反対にご機嫌だった。僕の襟首をぎゅうぎゅう締め上げながら、にっこり笑うのだ。それはもう綺麗な顔で。僕が皆に自慢したくなっちゃうくらいに。だから僕は嫌だが言えなかった。
元の学校には友達もたくさんいた。たいていの遊び場も自由に行けたし、買い食いポイントも充実してた。僕にだけ優しい女の子もいたんだ。
学校が変わってしまうと、それらにもみんなさよなら。だけど大好きなお母さんが、僕をこの学校に通わすのが夢だったって言うなら、僕はその気持ちを裏切るわけにいかない。

今度の学校でも、友達なんてすぐできると思ってた。だけどうまくいかなかった。
僕は皆に認められたくて一生懸命だった。勉強でもスポーツでも、誰にも引けを取らないように頑張った。
だけど、僕の成績が上がれば上がるほど、僕は皆につまはじきにされた。皆が僕のことを、妾の子って呼んでいるのも知っていた。
僕はその言葉を囁かれるたびに唇を噛んで我慢した。僕のお母さんは、あの人の子供になったんだ。お妾なんかじゃない。

あの人は、必ず夜やってくる。その日はお母さんの香水の匂いがいつもより強いからすぐ分かる。
あの人は当然のように玄関で靴を脱ぎ散らかす。僕はそれをきちんと揃えて、時々は磨かなくてはならない。
あの人がだらしなく脱ぎ捨てた立派なスーツやコートを、きちんとハンガーに掛けるのも僕の仕事。あの人が客間で食べたり飲んだりして汚した後を片づけるのも僕の役目。
だって、適当に飲んで食べて満足してしまうと、あの人は必ずお母さんの肩を抱きかかえて、お母さんの部屋に引っ込んでしまう。たいていは真夜中か、たまには次の朝まで出てこない。
だから客間に嫌なタバコの匂いが染み付かないうちに、コップの水滴が綺麗な紫檀のテーブルに輪っかの跡を残さないうちに、綺麗に片づけるのは僕しかいない。
お母さんはあの人と自分の部屋に引っ込んだ後、必ずステレオを大きな音でかける。だから僕はその部屋の中で何が行われているか知らない。少なくとも聞こえない。たとえ次の朝、お母さんの綺麗な寝姿の脇で何を見つけようとも、僕は何にも分からないことになっている。

だけどその日はすぐにやってきた。学校から帰ってくると、お母さんは機嫌が悪かった。

「頭が痛いのよ。」

お母さんは久しぶりに眉間に皺を寄せてみせた。前のアパートにいたころによく見せた皺だ。ここの所しばらく見せなかったのに。
だったら香水を少し控えたらいいのに。僕はぼんやりそう思った。今日はあの人が来るのかもしれない。だけどこんな不機嫌なお母さんが、いつものように、わがままなあの人を上手に相手できるのだろうか。

あの人も、入ってくるなり不機嫌だった。
お辞儀をする僕を突き飛ばすように部屋に入ると、大きな声でビールと叫んだ。お母さんがしぶしぶ客間に行くと、顔を見るなり怒鳴った。お母さんの顔が辛気臭いと言うのだ。
大きな音がして、グラスが砕けた。あの人がお母さんを殴ったのだ。お母さんはすぐに立ち上がると、髪を振り乱してあの人に食って掛かった。
怒鳴り合う声が続いて、僕は居たたまれなくなって自分の部屋に逃げ込んだ。ベッドの上に丸まって嵐が過ぎるのを待った。なかなか去らない嵐は、そのうち二人分の足音を伴ってお母さんの部屋へと行った。仲直りをしたのではなくて、嵐が移動しただけだった。
不意に僕の部屋のドアがドンドン叩かれた。僕はびっくりして跳ね起きた。あの人が大きな声で僕を呼びながらドアを叩いてる。壊されてしまいそうで、僕は慌ててドアを開けた。

細く開けたドアの隙間から、あの人は大きな体をこじ入れるようにして僕の部屋へ入ってきた。
僕にはお父さんの記憶がない。だから大人の男の人がこんなに恐い顔をするなんて、生まれて初めて知った。
あの人は僕の部屋をぐるりと見回して、ベッドに目を留めた後、僕の顔を見下ろした。

「生意気に鍵なんか掛けやがって。」

酔っ払ってる。目まで真っ赤になっていて、喋る息が臭い。お酒とタバコと、なんだか僕の知らない食べ物の匂い。

「お前の母親はな、俺を拒みやがった。売女のくせに。」

後ろ手に閉めたドアに、カチリと鍵を掛ける音がした。僕は恐くなって後ずさった。
あの人が扉の前にいるから、逃げ口はない。窓を開けても地面ははるか下で、そこから飛び降りるなんて考えられない。
だけどこの得体の知れない怖さはどうしようもない。

あの人が太い指を広げて、僕の腕に手を伸ばした。僕は慌ててしゃがんでその手をやり過ごし、あの人の脇をすり抜けてドアへ取り付いた。
お母さんの懐に逃げ込めれば何とかなる。この人が僕に何をしようとしているかは分からないけど、この人と一緒の部屋にいるのは嫌だ。
だけど焦る僕は、うまくドアノブが回せない。内側から掛ける鍵だから、このノブさえ回せば簡単に扉は開くはずなのに、僕はドアをガチャガチャいわすばかりだ。

襟首を掴まれた。勢いよく後ろに引かれて首がキュウッと閉まる。足元がふわっと浮いて、次の瞬間僕はベッドの脇の壁に肩をぶつけていた。
投げ飛ばされちゃったんだ。ぬいぐるみを投げるみたいに軽く。僕はびっくりして起き上がった。
目の前にあの人が立っている。酷くぶつけて痛いはずの肩が、あの人が目の前にいることでちっとも痛まない。
あの人は冷たい目で僕を見下ろしている。僕は恐くて動けない。

「お前の母親の代わりは、息子のお前が果たすべきだよなあ。」

着ていたTシャツを掴まれる。あの人が引っ張ると僕は簡単にバンザイをさせられて、すぽんと脱がされていた。
裏返しになったTシャツをあの人が放り投げる。ズボンのボタンは、さすがに引っ張るだけじゃ脱げない。あの人の大きな頭が僕のお腹の位置まで下がる。太い指が僕のお腹をさわさわ撫でる。僕は何回も叫んだ。
嫌だ。やめて。たすけて。

僕の振り回した手が、あの人の顔に当たる。カリッと小さな音がする。引っかいてしまった。僕がはっとするよりも、あの人の平手が僕のほっぺたに当たるほうが速い。
バシンと大きな音。ほっぺたは、痛いと言うより熱い。口の中に鉄の匂いがする。僕はベッドに倒れ込んでしまう。その上にあの人がのしかかる。

「おまえたちをいくらで買ったと思っている。」

あの人が上に乗っかってしまったら、僕はもうびくとも動けない。
あの人の顔をこんなに近くで見たことはない。ほっぺたに大きなシミが二つ三つ浮いていて、その脇に僕の作った小さな引っ掻き傷。
息が臭い。僕は顔を背ける。それだけが精一杯。
あの人の手が僕のパンツに掛かる。その時だけは体が自由になるけど、それもほんの一瞬。勢いよく脱がされて、両足が宙に浮く。
両足首を掴まれる。体が左右に千切れてしまうくらい足を広げられる。その間にあの人が、大きな体を割り込ませる。
僕を動けないように片手で押え込み、開いた片手で自分の服を脱いでいく。片手だけじゃなかなか脱げなくて、ベルトのバックルがずっとカチャカチャ鳴っている。
僕はその間叫びつづける。たすけて。お母さん、お母さん、お母さああん。

両方のお尻の肉を、力一杯掴まれた。左右に開かれたその間に、どす黒いこん棒がねじ込まれる。
僕は最初、悲鳴を上げることもできない。お尻から胸の辺りまで僕は貫かれて、声を上げたら口からなにかが飛び出しそうだ。
見開いた目からただ涙が流れる。必死に縋ったシーツがビリビリ破けていく音がする。
ああ、このまま体が二つに千切られてしまう。この人の汚い毛むくじゃらなものが、僕をお尻からめりめりと二つに引き千切っていく。
痛いよう。やっとそう声が出た。言った途端に僕は間違ってると思う。
こんなのが痛いなんてレベルなら、僕が今まで感じてきた痛みは一体なんだったんだ。

不思議なことに、僕を押さえつけて痛めつけて半分に千切ろうとしているこの人も痛いらしい。大きく盛り上がった腹の上から、短い手が振り上げられるのが僕の目に映る。

「痛えんだよ、このやろう。」

バシンとほっぺたが鳴る。僕はこの人に縫い付けられたまま、首だけを叩き落されそうになる。

「がっちり噛み付きやがって。」

バシン。反対側の壁が見える。

「力を緩めろ。食い千切られちまう。血でも何でも構わないからとっとと濡れろ。」

バシン。バシン。バシン。とうとう一つ歯が折れる。
僕は自分の血に溺れそうになる。息をすると喉の奥まで血が落ちる。
もういやだ。痛い。重い。苦しい。お母さん。助けてよ。お母さん。

目の前が暗くなってきた。ようやくその人は僕を殴る手を止めた。
やっと許してくれるのだろうか。僕は痛すぎて気絶もできない。
その人は満足そうに僕の腰に両手をやった。両脇からおなかの部分をぎゅっと掴まれる。べたべたした手だ。何でべたべただかなんて、考えたくもない。

「ようし、いい子だ。」

こんな目にあわせておいていい子だなんて。
でもこれで許してくれるなら、僕は何でも認めてしまう。だけど本当に酷いことはこれからだった。

その人は軽々と僕を抱え上げた。僕の足を180度以上広げて、僕を切り裂くものを僕の中に押し込めたままで。
思わず僕は息を飲む。灼熱を伴った痛みが僕のもっと奥を破壊する。
その人は僕の顔を見て笑った。嬉しそうに、舌なめずりをして。そうして僕の体を激しく突き動かし始めたのだ。
僕は長い悲鳴を上げた。手も足も、体中がばらばらにされる。全身から血が吹き出てしまう。天井が近くなったり遠くなったりするたびに、僕は目玉が裏返るんじゃないかと思った。
呼吸をするのも痛くて、でも悲鳴は止まらなくて、僕はずうっと長いこと、その人の膝の上で甲高い声を上げていた。しまいにはうめき声の一つも出なくなるほどに。

僕が突き壊されていく悲鳴を、お母さんは聞いていたはずだ。いつもお母さんの部屋から聞こえてくるステレオの音が、その日だけはしていなかったから。
だけど、とうとう助けの手は現れなかった。僕はぼろ雑巾みたいに投げ捨てられるまで、ずっと、気絶もできずにその人に裂かれていたのだ。

僕の中に熱い迸りを叩きつけ、僕を痙攣させたあの人は、やっと満足して僕の中から出て行った。
僕はまたぺしゃんと投げ出された。もう指の一本も動かせなかった。そんな僕のお尻を、あの人はぴしっと叩いた。
ほんの冗談のつもりだったのかもしれない。だけど僕は銃で撃たれたように、痛みに体をひくつかせた。

「いい抱き枕だ。」

あの人はそう言うと、脱ぎ散らした服を着込んで出て行った。床にほっぽり出されたスーツが皺になっているのが気に入らないらしくてブツブツ言っているのが、部屋を出るまで聞こえていた。
抱き枕か。僕の体はあの人にとっては抱き枕でしかないんだ。
素っ裸で放置された僕は、寒くて痛くてひくひく震える。あったかい布団が足元にわだかまっているのに、手を伸ばすこともできない。僕はもっとあったかいものに包まれていたはずなのに。
後から後から涙が零れた。

次に目を開けたときには世界が歪んでいた。
全身が痛い。特に顔と下半身が酷い。足と足の間には、まだあの人の大きな体が挟まっているようで、腿の付け根ががくがくした。
もしかするともう一生、僕はまっすぐ立てないのかもしれない。本気でそう思った。
お尻は息をするだけで痛かった。そこから腐って全身が流れ落ちていきそうな気がした。
ひんやりしたものが僕の足に押し当てられた。どうにか視線を巡らすと、お母さんが僕のベッドの側に跪いて、僕の体を拭ってくれていた。
お母さん、と僕は呼んだ。どうして助けに来てくれなかったの。恐かったよ。だけど全然声が出ない。
唇を動かすとピリッと痛みが走って、口の中に血の味がした。お母さんが僕の額に手を当てる。綺麗に磨かれた爪。少し冷たい手。いつもどおりのお母さんだ。
お母さんは僕の顔を覗き込んだ。少し困ったように眉を寄せる。

「我慢しなさい。」

お母さんが何を言っているのか分からなかった。
今の体の痛みを我慢しろって言っているんだろうか。でも、そうじゃなかった。

「私はもう、元の生活に戻るのは嫌なの。
あんなおんぼろアパートで、大家に怒鳴られながら小さくなって生きていくなんてまっぴら。汗水たらして働いて、それでも大して増えないお給料に文句も言えない生活なんてまっぴら。おんなじ洋服ばかりを、擦り切れるまで洗濯するなんてまっぴらなのよ。
ここにいて、あの男に鼻声を出してれば、なんにも事欠かない生活が送れるわ。綺麗な服を着て、食べたいものだけを食べて、あんたにも十分贅沢をさせてあげられる。
お金さえあれば、あんたの人生だって好きなほうに向けられるのよ。だから今は我慢しなさい。あんたのためなんだから。」

お母さんは一息に言うと、にっこり笑った。僕の大好きな、あの綺麗な笑顔で。

「今だけよ、辛いのは。次はもっと上手にやりなさい。こんなに酷くされないように。」

次があるの? 僕はあの人にとってはただの抱き枕だから、次も我慢しなくちゃいけないの? 
お母さん、僕はもう死ぬかと思ったんだよ。

「…踏みつけられるのはもう嫌なのよ。」

ああ、そうだよね、お母さん。踏みつけられるのは嫌だよ。
だけど僕は今踏みつけられているんだよ。
あの人と、お母さん、あなたに。

僕は贅沢なんてしなくてもよかったんだ。あの、西日しかあたらないアパートの、焼けた畳だってよかったんだ。
大家のおばあさんはやかましかったけど、よく僕を呼んで、塩せんべいやお饅頭をくれた。仏壇に上がってたやつで、お線香臭かったりしたけど、おばあさんと半分こして食べるのは楽しかったよ。
擦り切れたジーンズは、体に馴染んでとっても着心地がよかった。友達だって大勢いたんだ。
白いムク犬も、酸っぱい石榴も、みんな僕には大切なものだったよ。僕の宝物だったんだ。

僕の大切なものをみんな取り上げて、僕を踏みつけて、縛り上げて、それで僕のためって言うんだね。僕はただの抱き枕だから、代わりはいくらでもあるから、僕の宝物なんか、捨ててもいいんだね。僕が壊れてもいいんだね。

ああ、僕はただの抱き枕じゃ嫌だ。唯一無二の存在になりたい。

お母さんの綺麗な顔がぼやける。涙が溢れて流れても、僕はそれを拭うために腕を上げることもできない。
お母さんが可笑しそうに笑う。どうしたの、何を泣いているの、この子は。
だけど僕はもう、この人がお母さんではないことを知っている。僕の優しかったお母さんは、名前と一緒に消されてしまったんだ。この人は、お母さんの顔をした別人だ。
だから僕は決心する。この人にいつか思い知らせてやる。

学校を変えよう。誰も僕を知っている子がいないところに。そしてこの人のように名前を変えよう。
今は僕が幸福で、自分の生活に満足しているような名前に。だけどそれは僕のほんの表面だけの一部分で、本当は自分が違う人間なんだって忘れないように、いつもみんなに呼んでもらおう。

そして僕は、ピースになった。  



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