幸せな朝




「…んっ。」

祥太郎は直哉の汗ばんだ顔をぼんやり見上げた。直哉は犬歯にコンドームの袋を咥えて引き千切ったところだった。
なんだか全身が熱を持ってしまったようだ。恥ずかしい格好を強いられているのが分かるのに、そんな事はもはやどうでも良くて、ただ快感に身を委ねるだけになっている。
やがて準備を終えた直哉が、ずっと抱えていた祥太郎の膝をもう一度抱え直し、白い膝小僧にそっと唇を押し当てた。そんな僅かな刺激にも、極限まで高められている祥太郎はひくりと体を震わせてしまう。

「先生…ほんのちょっとだけ、我慢して。」
「…うん。」

いよいよなのだと、祥太郎はドキドキ言いっぱなしの胸を何とか納めた。



泣きじゃくる祥太郎を宥めてから、急に直哉の動きが早くなった。
ともすれば涙がぶり返しそうになる祥太郎をあやすように、あくまで優しい仕種で、確実に祥太郎を高めていく。
直哉のご乱交の噂は知ってはいたが、こうして実際に手練手管を尽くされると、祥太郎は圧倒されてしまって抗う事も出来ない。

ぎゅっとシーツを握り締めた。限界まで追いつめられた屹立は痛いほどだった。
思わず直哉に助けを求めていたのかもしれない。くすんと鼻を鳴らすと、直哉は楽しそうに笑ったようだった。

「ちょっと待ってて、先生。…一回いかせてあげる。」

何を言われたか理解するよりも、直哉の行動の方が早かった。
きゅっと締め付けられるような感じがして、気が付くとコンドームを装着させられていた。

「ひゃ…あ…っ。」

思わず両手で口を押さえた。下肢を益々押し広げられる感覚に頬が火でも点いたように熱くなる。
直哉が祥太郎のシンボルを口に含んでいるのだ。
暖かい舌が這い回る様は、薄いゴムを通しても克明に感じられ、祥太郎は恥ずかしさのあまりうろたえて、また涙をこぼしそうになった。

「やだ、直哉君、汚…っ。」
「汚くない。本当は生でさせて欲しいけど、先生が嫌がるだろうと思ってゴムなんかしてあげたんですから、大人しくさせて下さい。」

べろりと舌が這っていく。祥太郎は喘いだ。恥ずかしいのに気持ちが良くて、今にも弾けてしまいそうだ。

「だ…って…、うー…。」
「ねえ先生、気持ち良くない?」
「え…?」

祥太郎はドキリと胸を跳ねさせた。こんな事をされているのに、気持ちがいいから恥ずかしいのだ。

「気持ち良いでしょう? ここはそう言ってる。ここも。」
「ひ…っ。」

すっかり油断していたすぼまりに、直哉の指が差しいれられた。
不意打ちにずり上がりそうになってしまう身体は、しっかり直哉に押さえつけられてしまっている。

「痛くないでしょう? たっぷりオイルを塗ったから。」

祥太郎は夢中で首を振った。体の中でみだらに動く指をどうしても意識せずにはいられない。
それだけでも泣き出したいほどなのに、更に前もなぶられてしまうのだ。

「俺は先生に酷い事なんてするつもりはないんです。先生は、気持ち良い事だけ考えてて下さい。…この辺…、イイでしょう?」
「あっ、あっ、…やぁ…。」

深くめり込んだ指がある一点を掠めると、全身を貫くような快感が走る。
はしたないと思いながらも、上ずる声を止められない。

「ね、ね、待って、直哉君…。」
「だめ。もう待てないって…言ったでしょう?」

直哉の言葉の端に荒い息が混じる。
直哉は荒くなる呼吸を必死に押さえて優位を保っているのだ。その事に気が付いて、祥太郎はずいぶん気が軽くなるのを感じた。
直哉もこの事態に興奮しているのに違いない。

「あ、ん、…ああっ…!」

奥の方をぐりっと擦られ、ゴム越しに強く吸い上げられて、祥太郎は全身を震わせた。
びしゃりと濡れた感覚がした。

「は…、あ…。んっ!」

押し広げられる感覚が強くなった。一旦引き抜かれた指が本数を増やされてまた差し込まれたのだ。

「んっ、…んく…っ。」
「力抜いてて先生。…大丈夫だから。」

直哉の声に焦りが混じってくる。言われた通りにしようと頭では思っても、なかなか体は言う事を聞かない。ついぞ人に触れられた事のない場所への侵入に、全神経を上げて逆らっているかのようだった。

「ねえ、…先生、キスさせて。」

手首をそっと掴まれる。また顔を覆っていたらしい。
伸び上がってきて横に寝そべった直哉の屹立が脇腹に触れて、祥太郎は息を飲んだ。
直哉はまだ1回も出していないのだ。きっと辛いだろう。

ほっぺたをぺろりと嘗められた。首筋の匂いをかぐように鼻先を突っ込んでくる。まるで飼い猫の太郎がベッドに侵入してきた時のようだ。
こんな事態なのに、祥太郎はなんだかおかしくなって少し笑った。すると、直哉がほっとため息を吐くのが分かった。

「ねえ先生、俺の事好き?」
「…うん。」

そう答える間にも、直哉の指は休まずに僅かずつ蠢いている。
答える声が鼻息交じりになって、やけに色っぽい気がした。

「……こんな事されてても?」
「う、ん…。」

一際強い指の動きに一瞬声が詰まったが、何とか返事が出来た。

「じゃあ、もういいかな…。」
「んっ…ふ?」

何を、と問いただす前に、体の中を掻き回していた指がゆっくり離れて行く。

「あの…え?」

代わりにぎゅっと抱きすくめられて、祥太郎はぼんやりと直哉を見上げた。

「次に期待します。こんなに先生を泣かせちゃって、俺はもう、胸が痛くてしょうがない。」
「だ、だって…。」

押し付けられる屹立はまだ滾ったままで、直哉が辛抱を重ねている事が分かる。
それでも柔らかく抱擁するだけで、無理強いしない直哉の優しさが、返って祥太郎の胸を塞いだ。

「待てないって…言ったじゃない。それに、…こんなになってて、直哉君、辛いんじゃ…。」

口に出すと、また恥ずかしさに頬が染まるのが分かる。
祥太郎のそんな狼狽を見下ろして、直哉はにっこり笑った。

「だって先生まだ無理っぽいし。じっくり仕込んであげますよ。俺の方の処置は…どうにでもなりますから。」
「そ…んな…。」
「だって俺、先生がいつでも笑っててくれなきゃやだもん。」

祥太郎は唇を噛み締めた。
なごり押しそうに背中を撫でている手と、まだ熱く脈打っている滾りを思った。優しく見下ろしている真摯な瞳を思った。全て手放してはならない物だ。
そしてもし、この機会を逃したら、祥太郎はもう勇気を振り絞る事が出来なくなるかもしれない。

「だめ…、僕がだめ。全然足りない。」

祥太郎は一生懸命顎を上げて、直哉の唇に自分のそれを押し当てた。それから決心して、直哉のそれを握った。
不意を付かれた直哉が小さくうめく。

「先生…っ!」
「ここも、ここも、ここも、もっと直哉君に触れていたい。直哉君が欲しい。」
「………。」

押し黙ってしまった直哉の真剣な目が怖かったが、祥太郎は必死になっていた。
今でなければ、こんなに素直に自分の気持ちを言う事などできない。

「今すぐ仕込んで。直哉君の物にして。僕の方だって待てないんだから。きっ、…気持ち良くしてくれるって…言ったじゃない。」

恥ずかしさにまともに顔を見られなくて、祥太郎は直哉の広い胸に顔をこすり付けた。
僅かに直哉の香りがして、やっぱり離れられないと、ますます心が決まった。

「…お願いだから…。ん…っ。」

強く引きつけられて唇を吸われた。まさしく貪るような勢いの口付けで、祥太郎は一瞬気が遠くなった。

「せっかく…血の滲む思いで我慢しようって決めたのに…。後悔しても知りませんよ。」
「後悔なんか…しないよ。」

祥太郎はやっとそう答えた。
直哉を手放してしまう事の方が、後悔してしまうに違いない。

祥太郎の答えを聞いて、直哉は性急に手を伸ばし、コンドームを取り上げたのだった。



ミシリ、と肉がきしむ。

「うっ…ぐぅ…。」

直哉の両肩に抱え上げられた膝は胸に押し付けられていて、それだけでも結構辛い。
しかし、焼けた杭を押し当てられたような秘所に比べたら、ぜんぜん大したことはない。

「先生…力抜いて。」
「む…り…っ、ううっ…。」

呼吸の乱れすら、苦痛に通じる。
もう泣かないと決めたのに、生理的な涙が、堅く瞑った眦から流れては落ちた。

「…やっぱり…。」
「ヤダ…、やめない…で…。」

必死に手を伸ばした。深く覆い被さってきた直哉を希望通り抱きしめると、ますます結合が深くなって、更に悲鳴が漏れた。
限界まで開ききった尻の上を、暖かいなにかがつるりと滑っていく。きっと血だろう。
しかし、祥太郎はもう止める気はさらさらない。

「ぐ…、先生、息を吐いて…。」

浅く乱れる呼吸を繰り返していた祥太郎はやっとのことで薄目を開けた。
頭上の直哉は大きく顔を顰めて額に汗を浮かべている。

「キツ…、食いちぎられちゃいそう。」
「ご…め…、うあ…。」

全然気持ちよくない。むしろ苦痛なばかりだ。
祥太郎は泣き言を言いそうになる唇を噛み締めた。
もうすでにこんなに泣いてしまっていては、直哉にさぞ心配を掛けている事だろう。
それでも祥太郎は直哉と一つになりたかった。誰にも知られる事のない奥底で、直哉を感じてみたかった。

「い…いから、来て…、直哉…くん。」
「馬鹿…言ってる。これじゃ俺だって…無理です。先生…リラックスして…。」

こんな場面で、どうしてそんな事が可能だというのだろう。
祥太郎は直哉の首に縋り付くだけで精一杯だ。他の何も出来ない。
すると、暖かい唇がそっと頬の上を撫でていった。

「先生…、他の事何にも考えないで。俺の事だけ考えて。俺の事、好きでしょう?」
「うん…、スキ…。」

暖かい手がそっと背中を撫でている。痛みにばかり気を取られていた祥太郎は、今自分が大好きな直哉の腕の中にいる事を思い出した。

「俺も、先生が大好きです。」
「うん、…うん。」

聞きなれた告白の筈なのに、暖かい物が胸の奥に広がってくる。祥太郎は改めて直哉を抱きしめる腕に力を込めた。

「あ…うんっ。」

ずるりと体の奥が押し広げられる感覚がする。暖かい腿が密着してきて、祥太郎は凝り固まっていた身体がほぐれつつあるのを知った。

「先生…、分かる? 全部入りましたよ。」
「う…ん。」
「まだ痛い?」
「…うん。でも。」

脚の付け根はガクガクするし、限界まで伸ばされた繊細な肉は酷く痛い。

「でも、…嬉しい。」
「…俺も。」

きゅっと抱きしめられる。胸が弾んだ。なによりも、絡まりあっていられる今の状態が一番嬉しい。
しかしきっと直哉は、祥太郎の身体だけを一番に配慮して、自分を押し殺してしまうのだろう。
祥太郎は、直哉の耳元に囁いた。

「嬉しいから…動いて?」
「………まだ、…無理でしょう?」

直哉の声が掠れている。祥太郎だって同じ男だ。直哉の生理くらい分かる。
動いて突き上げて、熱い肉の狭間に思い切り自身を開放したいに決まっている。

「もう大丈夫だから、動いて。」

思い切って、目の前の直哉の耳たぶを噛んでみる。

「気持ち良く…させてよ。」

言い終わると同時に、直哉がブルリと震えた。

「…知りませんよ。こんなに煽って。」
「うん、…いいよ。」

本当に、直哉になら、何をされても構わない。
ゆっくりと動き出す痛みに、唇を噛み締めて、祥太郎は溢れ出しそうな幸せを味わっていた。



「んっ、あ、あ…っ。」

突き上げられ、がくがくと揺すぶられる。直哉の予告通り、始めは祥太郎の身体への気遣いを見せていた直哉は、まもなく自分の欲望をセーブする事が出来なくなったようだ。
縫い付けられたベッドの上で、祥太郎は激しい苦痛と戦っていた。しかし、気が遠くなるような痛みは最初のうちだけで、次第に快感が強くなっていく。
知らないうちに緩く腰がうねり出して、祥太郎は違う涙が眦に浮かぶのを止められない。

「先生…先生。」

直哉がうわ言のように自分を呼ぶ。言葉の合間に降るような口付けが、小さな痛みを伴って、身体中に赤い斑点を残されているのがぼんやり感じられる。

「ひぃ…っ! あ…、あん…っ! そこぉ…っ!」
「ん、っく、ここ? ここがイイの? 先生?」
「う、ん、そこ、あ…あう…っ。」

虚空でふらふらと揺れるつま先が、堅く曲がった。さっきまで痛みの為に力を失っていた祥太郎自身が張り詰めていくのが分かる。
肌を泡立たせるような快感が、背筋から全身に這い登っていく。
夢中で、自分を揺さぶりつづけている広い背中に爪を立てた。縋っていないと、快感に押し流されそうだ。

「あ、そこ、気持ち良い、…もっとぉ…。」

自分が何を口走っているのかよく分からない。
それでも直哉が固く抱き返してくれたから、きっと自分は直哉を満足させているのだろう。

「先生…、先生…、んっ…!」
「あ、あ、ひあ…あっ!」

呼吸さえ止まりそうなほどに抱きすくめられた。
一際深いところで、大きく膨れ上がった直哉が弾ける感覚がした。
一つになれたのだ。祥太郎は直哉を抱きしめた。
消耗してしまったのか、思ったほどには力が篭らない。それでも祥太郎は直哉の耳元に顔をくっつけた。
直哉に言っておきたいことがあるのだ。

「直哉君…、ダイスキ。」

返事は子供もみたいに縋りついてくる、大きな体だった。



腫れぼったいまぶたを押し上げると、風景が違った。
祥太郎の為に誂えたみたいにぴったりの腕のくぼみから顔を上げると間近に直哉の顔が見えて、一瞬ギョッとした。

「ひゃっ! ……う〜…。」

慌てて跳ね起きようとすると、鋭い痛みが駆け上ってきて、祥太郎は情けなくへたり込んだ。
全身痛くて起きあがれない。放り投げられている自分の衣服を恨めしく睨んだ。
せめて下着くらいつけたいと思うのに、手を伸ばすことすら出来やしない。

祥太郎はすぐあきらめた。だるい体を元通りに返して、直哉を見上げた。
そのまま腕を曲げれば、祥太郎を抱きしめて放さない姿で、直哉は眠っている。
こんな無防備な直哉を見るのは初めてで、祥太郎は少し目を細めた。

「綺麗な顔…。あ、なーまいき。」

うっすらと髭が伸び始めている。祥太郎は自分のつるつるの顎を思い、手を伸ばしてそのざらつきを触った。
そして不意に恥ずかしくなる。その直哉の油断した様子は、確かに二人で一夜を明かしたという証拠ではないか。

「う…ん。」

祥太郎がもぞもぞ動いたせいか、直哉がゆっくりと身じろぎをする。
祥太郎は焦って直哉に背中を向け、急に動いたしわ寄せを、下半身の痛みで受けた。

「い…たー…い。」

思わず呻いていると、大きな手がゆっくりと回ってきた。背後からゆっくり抱きしめられて、祥太郎はその暖かさに思わず息を呑む。
背中に唇を押しつけられる感覚がした。頬がカッと火照る。
裸で向かい合っていた時よりも、今のほうが数倍恥ずかしい。
思わず俯くと、大きな手が上がって、目ごと額を覆われてしまった。

「うあ。」
「やっぱりちょっと熱い…。すいません、あんなに優しくするって言ったのに、結局無理させてしまいました。」
「そんな…のは…いいけど…。」

体が辛いのは我慢が出来るが、耳元にこんなに熱い吐息を吹き付けられては、我慢できなくなる。
ぶるりと震えが走ったのを隠す為に、直哉の懐から逃げるように小さく体を丸めてみた。
それでもしっかり抱きとめていてくれる腕を放したくなくて、気がつけば直哉の手を握り締めてしまっていた。

「先生…。」
「ね、直哉君、僕…変じゃなかった?」

直哉がなにか言いかけるのを遮ろうと、とっさに口に出した言葉がそれだった。
そして、とんでもなく恥ずかしい言葉を口走っているのではないかと、耳まで赤くなる。

一瞬押し黙った直哉は、祥太郎の耳元で笑ったようだった。
祥太郎を緩く抱えていた腕がしっかりと巻きこまれる。祥太郎の裸の背中が直哉の胸に隙間なくくっついて、穏やかな鼓動が伝わって来た。
それだけでこんなにも柔らかい気持ちになれるのかと、祥太郎は自分の気持ちに驚いていた。

「変なんてとんでもない。物凄く可愛くて素敵でした。今でもこの手の中に祥先生がいてくれるのが信じられないくらいだ。」

肩の上に顎が乗る気配がする。ざらつく顎が祥太郎の肩と顎を撫でていって、頬やまぶたの上にキスが降る。
祥太郎は首を竦め、それからくすくすと笑った。夕べはそんなことの一つ一つが燃えるように感じられたのに、今朝はなんだかくすぐったい。

「でも…反省してます。泣き顔も可愛かったけど、あんなに泣かせちゃって。…ああ、まぶたがまだ腫れてる。 だから次は…先生が泣かなくてもいいように…いや、違うことで泣いてもらえるように、頑張りますよ。」
「え…、次…?」

祥太郎は思わず小さく問い返していた。
次があると言うことは、その次もまたその次も、際限なく次があるのだろう。
少し困ってしまって唇を噛む。まもなく2学期が始まれば、また祥太郎は教師として、直哉は生徒としての関係を続けていかなければならないのに、こんな極個人的な関係を結んでいていいのだろうか。

しかし、無理なことをねだられているという戸惑いよりも喜びが胸の中を満たしていくのが分かる。
祥太郎は静かに息を吐いた。熱っぽいからだが、体温のせいだけでない速い鼓動を打っている。
こんなに心地よい居場所を知ってしまって、今更突き放されていいわけがないではないか。

「僕…先生だもん。こんな…個人的な関係は…困るよ。」
「…先生…。」

直哉の声が、少し堅くなった。
祥太郎は自分の体に巻きついている、直哉の逞しい腕をたどり、そっと掌を開かせた。そしてその指に、自分の指を絡めるようにして、しっかり握りこむ。

「だから…もし誰かに知られるようなことがあったら…その時は、もう次は無いんだからね。」

俯いて、自分の手にしっかりくいこんでいる直哉の指に唇を押し当てた。
自分の思いはちゃんと直哉に通じるのだろうか。なんだか祈りを捧げているような仕草だと思った。

「それは…誰にも知られなければ、いつまでも次があるって事ですね。」

少しの沈黙の後、自信に満ち溢れた直哉の声がする。
祥太郎は小さく頷いた。背後で嬉しそうに笑う声が聞こえた。
なんだか悔しくなって、祥太郎は目の前の長い指にそっと噛み付いた。



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