信じてるから




やっと追いつくとそこにはすでに小さな人だかりが出来ていて、祥太郎はそれをかき分けなければならなかった。
取り囲まれた隼人は、少し落ち着きを無くしているように見えた。
直哉がいくらこの界隈の帝王でも、隼人はそれには無縁のようだった。

「隼人君!」
「なんで来んだよ! この馬鹿!」

声を掛けると、跳ね返るような返事がある。そのくせ、隼人は祥太郎の顔を見て少しほっとしたようだった。
祥太郎は急いで、隼人と男達の間に割込んだ。
隼人と睨み合っているのは、相変わらず沸点の低そうな顔をした奴だった。彼は祥太郎の顔を見ると、一瞬考え込む顔つきになった。

「なんだって言うの、こんな大勢で一人を取り囲んで。彼がなにかした?」

そいつが自分の顔を思い出さないうちにと思って、祥太郎は急いで言った。あわよくば、このまま隼人を連れて帰りたい。
だが、やはりそううまくは行かないのだ。

「思い出したぞ! おまえ、確か、滝のやろうと一緒にいた…!」

そいつは、祥太郎と隼人の顔を交互に見た。

「という事は、こいつの兄ちゃんって、滝のやろうか…!」

ギラリ、と悪意の篭った視線が向けられる。祥太郎は舌打ちした。
何とか穏便に済まそうと思ったが、どうにもごまかしきれない。

「滝の奴…、最近見かけねえと思ったら、弟に引導渡されて引退か? 情けねえ奴だな。」
「兄ちゃんは関係ない!」

打てば響くというのは、この場合間違った例えだろうか。
祥太郎はこんな場面だというのに、うっかり感心してしまいそうになる。そのくらい、隼人の直哉に対する反応は過敏で激しい。

「俺は俺の意志でお前に喧嘩売ってんだ。兄ちゃんは関係ないし、こいつも全然関係ない!」
「ちょ、ちょっと…!」

庇っていた筈の隼人に逆に押し出されそうになって、祥太郎はたたらを踏んだ。
隼人はぎらぎらするような目で祥太郎を睨み付け、遠ざけようとする。
直哉の底冷えのするような目とは違う、熱く燃え盛るような目だ。

「余計なくちばし突っ込んでんじゃねえよ祥太郎! チビのくせに!」
「チ…チビだって、見過ごせないよ、こんなの! あっちはあんな人数なんだよ!」

祥太郎は隼人の腕にかじりついた。
何とも情けない体勢だが、体の大きな隼人を引き止めるのに、他に手はない。

「ほら、帰るよ、隼人君!」
「うるせえな! 俺は俺の意志でここに来てるって言ってるだろ! 邪魔すんなよ!」
「…俺はどっちだっていいんだぜ? 滝の弟君。」

必死に縋っていた隼人の腕が緊張するのが分かって、祥太郎は顔を上げた。
いつのまにか包囲の輪が狭まっている。明らかな敵意をむき出しにしているのは、ざっと数えただけでも10人。
いくら隼人の腕が立っても、これだけの人数にいっぺんにかかられたら、到底敵わない。

「あくまでやるんなら丁重におもてなししてやるよ。俺ら流のやり方でな。
尻尾を巻いて逃げるんなら今のうちだぜ? 滝の権威といっしょに、この界隈から消えてなくなれや。」
「なんだとおっ!」

まずい。祥太郎は隼人に掴まる腕に力を込めた。
相手は慣れている。あんなふうに言えば、隼人が後には引けない事など分かっているのだ。
このまま挑発して、隼人から手を出すように仕向ければ、立派な理由と逃げ道とが同時に作れるのだ。

「だめだったら、隼人君!」
「兄ちゃんを馬鹿にされるんだぞ!」

隼人は祥太郎を怒鳴りつけた。隼人の顔を見上げた祥太郎は、その剣幕に驚いた。

「お前がしゃしゃり出てこなきゃ、俺は誰だか分からない奴だったんだ。その方がよかったんだ。
なのに、お前が出てきたから! 兄ちゃんの名前が出ちゃうんじゃないか! こうなったら引っ込めるわけがないだろう!」
「だって…!」
「お前が言いたいのは分かる。こんな人数差じゃ確かに俺の方が分が悪い。俺はきっと負ける。
でも、たとえボコボコにされたって、悪くして殺されたって、俺は逃げられない!
兄ちゃんはこの辺では長い事支配者だったんだ。それを俺が覆すような事ができるかよ!」
「いい覚悟じゃねえか。たっぷり可愛がってやるよ。
なあに、殺しやしねえ。そんな効率の悪い事、やってられねえよ。こっちはもう成人なんでな。
だけど、死んだ方がマシだって目にくらいは合わせてやるよ。」

男達がじりじりと近づいてくる。さっきまで遠巻きに見ていたギャラリーが、いつのまにか散っている。
巻き添えを食う事を恐れたのかもしれないし、男達に蹴散らされたのかもしれない。
いずれにしろ、隼人には恐ろしく不利だ。

祥太郎は奥歯を噛み締めた。もうこうなったら、自分に出来る事はわずかしかない。
出来るだけ時間を引き延ばして、直哉が加勢してくれるのを待つくらいしか。

「そんな事なら…、直哉君を守るのは僕の方が先だよ。」

祥太郎はやっと声を押し出した。緊張でからからに渇いた舌が、口の中に張り付くようだ。

「ほう、威勢がいいな。チビ。ひん剥いて泣き叫ばせてやろうか。」

男はベロリと厚い唇を嘗め回した。なにかよからぬ事を企んでいるのか、にやりと歪に顔が歪む。

「子飼いをいたぶってやったとなれば、それだけで滝に意趣返しが出来る。何も俺が手を汚す事もねえ。ちょっと探せば、この辺には物好きが山ほどいるんだぜ。お前はさぞかしいい値で売れるだろうな。
売っ払う前に…みんなで味見をしてやってもいいか。」
「祥太郎! 引っ込んでろ!」
「そ、そうはいかないよ!」

隼人の全身から針のような殺気が吹き出しているのが、武道には無縁な祥太郎にすら分かる。
すぐに着火してしまう隼人に無謀な事をさせない為に、祥太郎は無け無しの勇気を振り絞ったのだ。ここで引っ込むわけには行かない。
自分の体を押し戻す隼人の脇から、祥太郎は無理に顔を覗かせた。

「ねえ! 僕は腕力的には無能だよ。こんな僕をいたぶって、それで君のプライドって満足できるの? 直哉君に手が出せないから、こんな三下しか相手に出来ない意気地なしって言われるのがオチだよ!」
「祥太郎! お前は黙ってろ!」
「黙らない。だって僕、こんな意気地なしにも絶対負けない自信あるもん。喧嘩以外でなら。」

祥太郎は言葉の端々に、わざと挑発的なセリフを混ぜてまくしたてた。目の前の男の顔つきが変わっていくのが分かる。
大丈夫、怖くない。あいつの発する殺気は、隼人や直哉と比べたら、くすぐったいくらいの情けない代物だ。

「僕と飲みっくらしようよ。僕が負けたら好きにしていい。そのあと、隼人君も相手になるから。それとも…。」

どうかこんな安っぽい挑発に乗るような、チンピラであって欲しいと、祥太郎は神に縋るような気分だった。
ほんの少し、時間を稼げさえすれば、きっと勝機は自分達の方に向いてくるに違いないのだ。

「君は僕みたいなチビ相手に、しり込みするようなどうしようもないチキン?
そんなビール腹かかえてさ。」
「おもしれえ…。」

どうやら神様は、祥太郎の祈りを聞き届けてくれたようだった。



「…っふ───…。」
「お、おい、祥太郎…。」

祥太郎は自分の背後で隼人がおろおろしているのを感じながら、飲み干したグラスを置いた。すっかり空になったそれが、テーブルの上で乾いた音を立てる。
祥太郎の周りには、まるでオブジェかなにかのように、空の酒瓶が転がっている。学生の頃から酒量だけは誰にも負けたことはなかったが、さすがにこんなに飲んだことはない。
祥太郎の目の前でぐらぐらと上体を泳がせていた男が、ぐずぐずと背骨を砕かせた。
これで二人潰してやった。

「さあ…、次は誰?」
「おもしろいじゃねえか。」
「祥太郎っ! いい加減にしろよ!」

隼人が腕を引っ張る。今度祥太郎に挑んできたのは、リーダーと思しい、隼人に絡んでいた男だ。

「おまえっ、無理するなよ、顔が…白目まで真っ赤だぞ!」
「大丈夫だって。僕、生まれてこの方、酔っ払ったことなんてないんだから。」

隼人の心配するのももっともだ。確かに飲みすぎている。
さっきからなんとなくろれつが回りにくいし、頭が少しふらつく。
そんな様子を見ているから、この男は今になって挑んできたのだろう。
祥太郎は新しいビンからグラスになみなみと酒を注いだ。手が震えて、琥珀色の液体が少しこぼれてしまう。
祥太郎はそれを舐めた。強い酒だが、今更ピリリとも感じないほど、舌は鈍感になっている。

「今からでも俺が…っ!」
「まだ早まらないで。…さっき、直哉君を呼んだから。」

祥太郎は声を潜めた。助っ人が来ることは、相手には知られないほうがいい。

「直哉君と二人なら、ある程度の人数…大丈夫なんでしょう?」
「そ、それはそうだけど、それにしたってこんな所は…っ!」

今二人がいるのは、この地域の外れの店だ。
到底直哉や雪紀が足を向けそうにない、うらぶれた様子の店の、しかも地下の一番奥まったところに、半ば拉致されるようにして隼人と祥太郎は押しこまれていた。

「大丈夫、直哉君なら、絶対来てくれる。」

祥太郎には確信があった。
例え直哉がここを知らないとしても、あれだけの大騒ぎを経てここに来たのだ。絶対に誰かの目があったはずだ。探す手立てはどこにもある。
今、二人を取巻いているのは、5人の男だけだ。あとの者は、恐らくあたりに散っているのだろう。
もしここで隼人が大暴れして逃げおおせたとしても、その男たちがたちまち寄って来て、袋叩きにされてしまう算段だ。まだ暴れるには早い。
やはり直哉の到着を待つのが最良手であるに違いない。
だが、隼人の心配はもっぱら祥太郎に向いているようだった。

「もう無理だって! おまえの体のどこにそんだけ入るんだよ! アルコールだって急に摂り過ぎると死ぬぞ! もう止せって!」
「いいから、あのね、隼人君!」

祥太郎は隼人を捕まえた。
引き寄せて耳元に口を寄せると、熱い吐息が掛かったのか、隼人がびくりと肩を竦めるのがわかった。

「あのね…、さっきも言ったけど、僕は本当に腕力的には無能。」
「どうした! 何をさっきからこそこそ言ってる! さっさとそれを干せよ。」

祥太郎の向かいに座った男は、祥太郎と隼人が囁きかわしているのが気に入らないらしい。ガツンとテーブルを叩かれて、空のビンが騒々しく床に落ちた。
祥太郎は一端隼人を放してゆっくりグラスを空け、もう一度引き寄せた。

「こいつまでは僕が責任もって潰してあげる。その後は隼人君に任せるよ。
3人潰しちゃえば、後は何とかなるでしょ。」
「後は…って、おまえバカじゃねえの。俺だっていくらなんでも、こんな酔っ払い抱えて二人相手にできねえよ。だから、まだ立てるうちに、こいつらぶっ飛ばして…。」
「3人いたら、2人やっつけてる間に、1人が助けを呼びに行くでしょ。」

隼人はどきっとした。二人を同時に叩きのめすのは、直哉のよくしたやり方だ。
祥太郎は直哉のそんな喧嘩っぷりを、どこかですでに見ているようだった。

「僕のことは心配しないで。もしこいつより先に潰れちゃったら、置いて逃げていいよ。
僕は大人だし、これはちょっと行きすぎたお酒に過ぎないんだから。それに…。」
「それに?」

また目の前の男がわめいた。新たな酒が持ち込まれた。
祥太郎はそれを見て、少し顔を顰めた。ラベルには、テキーラと読める。
格段に小さくなったグラスが、祥太郎に手渡された。

「僕のことは大丈夫なんだ。直哉君が来てくれるから。」
「だからそれは…っ!」

隼人は地団太踏んだ。どうしてこんな場面で、のんびり居場所も知らないはずの兄の到着を待つ気になれるのか。

「兄ちゃん…が、ここを探し当てられるか…!」

こいつらは、わざわざわかりにくいところを選んだに違いないのだ。
いくら直哉がここいらあたりの帝王だとしても、全部に通じているとは言い難い。

祥太郎は続けざまにグラスをあおった。喉もとを押さえたから、今までにない強い酒が、更に祥太郎の喉を焼いているのがわかる。

「絶対来てくれる。直哉君は、僕の期待に応えてくれなかったことはないんだ。」

祥太郎は潤んだ瞳を確信に煌かせた。その場にいる隼人も目の前の男も見えていないような透き通った視線。

「僕は、直哉君を、信じてるから。」

隼人は思わず息を飲んだ。祥太郎の無謀の理由がわかった気がした。
同時に、いつも何事にも冷静な兄が、今どんな形相で祥太郎を探しているのか、見えるような気がした。
手遅れだったのだ。今更、なんとか二人を引き裂いて自分の方に関心を向けさせようとしたありとあらゆることが、みんな無駄に思えた。
言葉にしなくても、寄り添う姿を見せなくても、祥太郎と兄とは深く結びついているのだった。

「なんだよ…、バカは俺のほうじゃん…。」

隼人の中でなにかが音を立てて変わっていった。



それきり大人しくなってしまった隼人を背後に控えさせたまま、祥太郎は続けてグラスをあおった。
祥太郎が一杯干すと相手も干す。それが暗黙の了解のように、二人は杯を重ねていった。

(あれ…?)

新たな熱さが喉を駆け下りていって、僅かに咳き込んでから、祥太郎はやっと相手の不自然さに気が付いた。
同じ瓶を目の前に据えて、同じようにアルコールを含んでいる筈なのに、相手は顔色も呼気の匂いも変わらない。
それに引き換えこちらは、この酒に替えてからというもの、急激に酔いが回ってだるくなってきている。いや、だるいというよりは、眠くなっているという方が正確だろうか。
これは、アルコールの度数が上がっただけのせいとは思えない。

「手ェ震えてるぞ。そろそろ…やばいんじゃねえのか?」

喉元を震わせる笑い方で、相手が笑う。
祥太郎は強く目を瞬いた。なんだか視界まで霞んできている。

「君の…その瓶。」

やっと言葉を絞り出した。
胸の鼓動が、数えられないくらい速く、息も荒くなってきている。こんな事は初めてだった。

「僕と…おんなじお酒…だよね。どうして…そんな、水みたいに…飲めるの?」

背後の隼人が鋭い声を上げた。目の前の男はますますにやにやと笑いを大きくしている。

「てめえ、まさか…!」
「今更いちゃもんつけるなよ。とっとと気付かなかったそっちが間抜けなんだ。これは作戦だぜ?」

隼人が、矢のような速さで相手の瓶を奪うと、それをラッパ飲みする。一口飲んで、すぐに放り出した。

「まったくの水じゃねえか! やろう、汚い真似しやがって…!」
「あは…、やられちゃったか。」

今にも爆発寸前だった隼人を、祥太郎ののんびりした言葉が引き止めた。
隼人は怒鳴りかけた言葉を飲み込むと、呆然と祥太郎を見た。

祥太郎はへらへら笑っていた。自分が汚い手でだまされたのを理解していないかのような太平楽な顔だ。
その顔を見たとたんに、隼人の怒りは、男から祥太郎へとスライドしてしまった。

「なに…へらへら笑ってるんだよ! おまえだまされた自覚ないのかよ!」
「いいよう。だってそんな玉のちいせー男となんか、まじめにやるだけ無駄だもん。」
「玉…って…!」
「だって、相手は体重も半分くらいしかない僕で、しかも3回戦目なのに、びびっちゃってそんな小細工して来るんだよ? 玉の小さいチキンの、腰抜け間抜け野郎だよ。どうせなら僕が潰れるまでばれないような仕掛けをすればいいのに、そんなことまで頭も回らないでさ。
あれ〜? 素面の下戸の癖に、真っ赤〜!」

祥太郎はけらけらと高い笑い声を上げる。
今にも眠り込みそうなとろりとした目をしているくせに、どこからこんな挑発的な言葉の数々が吐き出されるのかと、隼人は思わず頭を抱えた。

「ねえ、君たちの親分、肝っ玉小さいねえ。こんなのについて行くと、この先絶対バカ見るよ? 考え直した方がいいよう。」

なおも挑発するように、祥太郎はテーブルを囲んでいる男たちに言う。
人数は二人に減っていたが、彼らは祥太郎の言葉に感化されたように、顔を見合わせている。
計ってかどうか、祥太郎の言葉は、対峙する相手の戦力を大きく削いだようだ。

「てめえ! 黙って聞いてりゃしのごのと!」
「あはー。さすがにチキン、声だけはでかいねえ。」
「もう勘弁ならねえ。今すぐ売っ払ってやる!」

男が身を乗り出した。祥太郎の襟首を掴もうと手を伸ばす。
隼人ははっと身構えた。この無謀な教師を守ってやるのは、自分しかいない。

「だめ〜。もうタイムアウト〜。」

しかし祥太郎はのんきな声を上げた。視線がひょいと上に上がる。
男の頭がゴリッと音を立てた。



「おう。俺の大事な人を、ずいぶん丁重にもてなしてくれたみたいじゃないか。」

隼人は息を飲んだ。
男の頭に長い足を土足のままかけ、靴で踏みにじっているのは、しばらく姿を見せなかった兄だった。
しかし、今の彼は、隼人の尊敬して止まない兄とは別人だった。
どんなに乱闘をした後でも乱した例のない息が荒く乱れ、それに対応するように髪も乱れている。
つかみ合いでもしたのだろうか、シャツのボタンが弾けて、あろうことか唇の端には血までにじませている。
そしてその表情だった。

隼人はもう、ずいぶん長いこと、直哉の冷静な顔しか見ていないように思う。
直哉はいつも冷徹で、なんでも出来るくせに何事にも熱くなることはなくて。
そんな超人的なところが、何事にもすぐに熱くなってしまう隼人の憧れの元だったのだ。
それがどうだ。祥太郎に呼び出されてすっ飛んできた直哉の顔つきは。
怒りと興奮に瞳をギラギラさせて。
衣服も肌も、汗と埃にまみれさせたままで。
獣のように獰猛に歯をむき出して。
そのくせ、嬉しそうに笑っているのだ。恐らく祥太郎の顔を見たせいだ。

兄は、本当に変わってしまったのだ。



「おそいよ〜…、直哉君…。」
「すいませんね。外には雑魚がうろうろしていて。そいつらを片っ端からやっつけながら探してたもんだから、思わぬ時間を食っちゃいましたよ。」

とっくにリーダー格の男を伸した直哉が、軽く手を叩きながら言う。
遠巻きに見ていた二人は、もう加勢する気もないようだった。
リーダーの無様な負けを認めると、呆れた顔でその場を去っていった。一気に緊張感が溶けていって、祥太郎が小さくため息をついた。

隼人ははっとした。今の今までピンと張り詰めていた祥太郎の背中がぐにゃりと揺れたのだ。
慌てて差し伸べた腕の中に、祥太郎はぐたりともたれかかってきた。

「おい、祥太郎!」

慌てて声を掛けると、祥太郎はふらりと上を向いた。隼人を見とめると、ふんわりと笑う。
その笑顔があまりにも無防備で、隼人は胸を突かれたようになった。

「ほらね。やっぱり来てくれたでしょ。
直哉君は僕のこと、絶対に裏切らないんだ。僕ちゃんとわかってるんだよ。
それにしても…もちょっと早く来てくれると…嬉しかった…か…な…。」

祥太郎の手がだらりと下がった。かろうじて引っかかっていたグラスが、床でカシャンと音を立て、粉々になった。

「おい、祥太郎、…祥太郎!」

隼人は焦って揺すった。真っ赤な顔で熱くなってしまっている祥太郎は、浅くて早い呼吸を繰り返すばかりで、一向に目を開けない。
また更に形相の変わった直哉が、祥太郎を隼人から奪うように抱き上げた。



戻る次へ