ひだまり 1




尻尾をピンと立てる。髭を震わせて気配を探る。
直哉の一日は、縄張りの巡回から始まる。
真っ黒な被毛を日光に光らせながら歩くと、そこここから声が掛けられる。ボス猫の片割れの直哉は、人にも猫にも一目置かれている。

「直哉さん、良いお天気ですね。」
「おう、クロ、見回りご苦労さん!」
「あっ、直哉さん! お久しぶりです!」
「ヤマトちゃん、いらっしゃい、チーズがあるのよ。」

直哉はゆるりと尻尾を振ると、声を掛けてきた老婦人の方へ向かった。
ちなみに、勝手な名前で呼ぶのはみんな人間。直哉はこの界隈だけでも名前を5つは持っている。

この老婦人は、一人暮らしの猫好きで、人間の間でもお人好しで通っているらしい。
人の手からえさはもらわない主義の直哉も、彼女からだけはえさをもらう事にしている。
彼女は親にはぐれた仔猫を見つけると、無条件で救ってくれる。ボス猫である直哉が敬意を表しても良い。

「今日は白ちゃんは一緒じゃないの? あらあらヤマトちゃん、耳が破けてるわ。」

老婦人の優しい手を直哉はすいっと避けた。
えさをもらっても決して馴れ合わないのが直哉のポリシーだ。
それに、この耳はこの間生意気な柴犬と遣り合った時に出来た勲章だ。こっちも多少痛い目を見たが、あっちはもっと悲惨だ。
特に鼻面への一撃は深くて、当分何の匂いも感じられないだろう。
このボス猫の証は、簡単に人間なんかには触らせない。

老婦人は苦笑すると、伸ばした手を引っ込めた。
彼女の持ってきたのは安いプロセスチーズで美味くはないが、腹の足しくらいにはなる。

「相変わらず慣れてくれないわねえ、ヤマトちゃんは…。」

直哉はゆるりと尻尾を振って、彼女の呟きをいなした。
ちなみに彼女が直哉をヤマトと呼ぶのは、黒猫ヤマトのナントカ便にあやかって、とのことである。

「この間越してきた人の猫とは大違いだわねえ…。」

直哉は顔を上げた。
お腹を空かした野良の仔猫が、チーズの分け前に有り付きたくて、おずおずと物陰からこちらを伺っている。ボス猫の直哉がいるから、恐ろしくて近寄れないのだろう。
直哉はもう一度尻尾を振った。老婦人に、チーズと情報への感謝を示したつもりだった。

直哉が腰を上げると、待ち構えていた仔猫たちが殺到する。その方が彼女も喜ぶ筈だ。
直哉は口の周りをぺろりと嘗めた。巡回の続きに行かなくては。
新入りの猫がいるなら、渡りをつけねばならないだろう。



少し進むと、ベンツの上に寝そべった雪紀を見つけた。
こいつは名前の通り真っ白くて優雅な猫だが、腹の辺りに黒い毛がちょろちょろ混じっている。雪紀の性格をそのまま毛皮で現したみたいな奴だ。
傍には黒ぶちの美人姉妹を侍らせている。恋の季節でもないのにまめな奴。

「雪紀! 新入りの噂を聞いたか?」
「おう直哉。聞いたぞ。妙なオスの噂だろ。」

雪紀は面倒くさがりだが、外面は良いから情報は直哉よりいつも早い。

「どんな奴だ? これから顔を拝んでこようと思うんだが…。」
「箱入りらしいぞ。滅多に外には出てこないらしい。おまえもまったくまめだな。」

雪紀に言われたくない。

雪紀の輝く毛並みを嘗めていた姉猫の方が顔を上げて直哉を睨んだ。雪紀を直哉が連れていってしまうとでも思ったのかもしれない。
直哉は威嚇の目つきで姉猫を見た。途端に姉猫はこそこそと視線を逸らす。

「俺は行かないぜ? オス猫だろ? 興味な〜いね〜。」

妙な節をつけて歌うように言う。黒ぶち姉妹が合わせてうにゃうにゃ鳴いた。
勝手にしろ。直哉は踵を返した。
あれで喧嘩といえば目の色を変えるとはどうしても思えない。



町を一巡しても、噂のその妙なオス猫には会えなかった。
直哉は自分の陣地に舞い戻った。

今は無人のその家は、緩やかなスレートの広い屋根がある。
南向きのそこは、日当たり抜群で、直哉のお気に入りの昼寝場所だ。
一眠りしたら、もう一度巡回に出てみよう。そんな事を考えながら塀に登ると、スレート屋根のまんまんなかに、見慣れぬ猫が寝そべっている。

直哉は尻尾を膨らませた。
ここは直哉のお気に入りだとみんなに知られているから、誰も寄り付かない。
この辺じゃ喧嘩で直哉に勝てる奴なんていっこないのだ。それなのに、そんな事は歯牙にも掛けない呑気さは、直哉には酷く異質な物だった。

「なんだあいつ? 三毛…メスか?」

すっかり伸び切っているその猫は、全体を白っぽい被毛に覆われている。
しかし背中と頭には、大きな茶と黒が、絶妙のバランスで散っている。
しかし…その、白いボブテイルの下にボンボンみたいに二つ並んで付いているのは…紛れもなくオス猫の象徴だ。

三毛のオスは滅多に見かけない。たまに見かけても、大きく成長するまで生き長らえたためしがない。そういう意味では確かに妙なオスだった。

尻尾を膨らませながらじっと観察している直哉に気付かない様子で、その猫は、のんびり伸びをした。
ぽやぽやした毛に包まれた手足がにゅーっと伸びて、木なんかひっかいたこともなさそうな綺麗な爪がにょきっと出る。
かぱーっと大きなあくびをすると、喉元の赤いリボンに結ばれた銀の鈴がチリチリ鳴った。
真っ白な腹毛の中に、ピンク色の地膚が透けて見える。小さなオス猫はまるで少女猫みたいにやわやわした感じで、直哉はドキリと胸を躍らせた。

「ふわー、あったかーい、ん、ん、…んー?」

直哉はぎょっとした。一直線に伸びきった三毛の身体がスレート屋根の上でごろりと一回転したのだ。
そうしてそのままごろごろと、庭に向かって転がっていく。

「んにっ、んにっ、んにょ〜〜〜〜〜〜っ!」

身悶えて爪を立てようとしても、スレートの上に爪なんか引っかからない。
確かに傾斜はある。傾斜はあるが!
これが本当に猫のやる事か!?

ついに屋根の端から放り出された三毛は、空中で一瞬じたばたしたが、そのまま墜落した。
直哉はびっくりして思わず追いかけた。
人の入らない庭は、堆肥が深く積もっている。三毛はそこに背中から落ちたようだった。

「おいっ! 大丈夫か!」
「ふに〜〜〜、だーいじょうぶ〜〜〜〜。」

堆肥からひょこりと顔を出した三毛は、興奮を収める為か、しきりに顔を洗った。

「あはー、みっともないとこ見せちゃった〜。」
「…てゆーか、猫なら足から落ちろよ!」

直哉はつられて背中を嘗めた。
興奮を収めるには、グルーミングが手っ取り早い。

「うーん、だってね、暖かくってきもちよくって、ふわふわ浮いてるみたいな気分になっちゃったんだ。そしたらホントに一瞬浮いちゃった〜。あはは。」

毛皮もそうだが、言う事も本当にポヤポヤした猫だった。
直哉は呆れて塀を駆け上り、スレート屋根の上に立った。
直哉が一瞬で上ったコースを、三毛は大きく迂回しながらゆっくりついてきた。

「ついてくるな! ここは俺のお気に入りなんだぞ!」
「えーそーなの? でもこんなに広いんだから、端っこにいさせてよ。」

三毛はちょこんと座ると、首を傾げた。

「ね?」

可愛い仕種だ。この三毛は、大事に大事に守り育てられた猫なんだろう。
直哉は不覚にも胸がドキドキ言うのを押さえられない。
真っ昼間っからちょっと大き目の黒目といい、オスの癖に丸みを帯びた顔といい、そんじょそこらのメス猫よりよっぽど可愛い。
直哉は頭に浮かんだ考えを振り切るように首を振った。
こいつは噂の新入りで、しかもオスなんだぞ! とりあえず喧嘩を吹っかけて、傘下に収めるのがいつもの手段じゃないか。

直哉が何にも言わないのに焦れたように、三毛は擦り寄ってきた。そして、直哉の破けた耳を見つける。

「どうしたの!? 耳が破けてるよ!」
「こんなの…、お前だって一つや二つあるだろう、オス猫なら当然の勲章だ!」
「へー、そうなの? 僕もうすぐ生まれて3年になるけど、こんなの一つもないよう。わー、痛そうだねえ…。」

生まれて3年…、直哉は胸の中ですばやく計算した。
こいつ…、こんなに小さくて柔らかそうな体の癖に、俺より1年も年上じゃないか!

そんな事を考えていたから、三毛が擦り寄ってきたのも気付かなかった。
いきなりペロリと暖かい物が傷口に這うのを感じた。

「うわあっ!」
「じっとしてて。嘗めてあげる。嘗めて綺麗にしたら、少し傷も早く治るよ。」

直哉の耳を嘗めるには、少し三毛は小さすぎるらしい。
一生懸命伸び上がった喉元が直哉の耳に押し付けられて、銀の鈴がひっきりなしにチリチリ言う。

直哉は固まったまま動けない。
こんなこと、親猫や雪紀にだってさせた事ないのに!

だけどその三毛の舌はとっても暖かくて、直哉は少しうっとりしていた。
こいつが女の子だったらな! ちょっとポヤヤンだろうが年上だろうが、構わずいきなり押し倒して、俺の物にしちゃうのに!

「ねーえ、…えーと…。」
「直哉。」
「うん、直哉君。」

三毛は俺を呼びあぐねて髭を震わせた。名前を教えてやると、さも嬉しそうに首の鈴をチリチリ鳴らした。

「僕のうちに遊びにこない? そろそろ瓜生が帰ってくると思うから、お近付きの印にご飯をご馳走してもらおうよ。そんでもってお薬もつけてもらおう。直哉君、あっちこっち傷だらけだよ。」

つまんだみたいなボブテイルがプルプルする。
ご馳走や薬に興味はなかったが、この三毛の住まいが気になって、直哉は肯いた。



「ここが僕んち。」

三毛は誇らしげに胸を反らした。直哉はやっと着いたかとため息を吐いた。

この三毛と歩くのは、辛抱がいった。
まっすぐな塀の上をただ歩いていて何度も落ちそうになったり、見通しの良いところに伸びている木の枝に真正面からぶつかりに行く猫を、直哉は初めて見た。
しかも見渡せば、ここはさっきのスレートの屋根からたいして離れていない。
どうやら三毛はとぼけているが、この僅かな距離を道に迷ってしまい、直哉をずいぶん引きずり回したようだ。

「今開けてもらうね。
う〜りゅ〜、今帰ったよう、う〜〜〜りゅう〜〜〜。」

甲高い声でにゃーにゃー鳴く三毛を呆れたように見やって、直哉はその家の窓の下に小さな戸口があるのを見つけた。
どうやら猫用の出入り口もちゃんと備えた家らしい。

「だめだ〜、まだ帰ってないみたい…。」
「人間に窓開けてもらわなくったってほら。」

直哉は猫用の出入り口を顎で指した。

「あそこにちゃんと、俺たち用の扉があるじゃん。」
「あれはね〜、瓜生が使うなって。危ないからって〜。」
「何を危ない事があるんだよ。」

直哉はちょっと顔を顰めた。ためしに鼻面で押し開けてみる。
良く手入れしてある。部屋の内にも外にも開く扉は、簡単に押し開けられる。
用心の為に半分ほど開けたところで向うを覗いてみる。特に障害物もない。
直哉はそのままするりと室内に入った。
こういう扉を抜けるにはちょっとしたコツがある。尻尾の先まで力を込めて、挟まれないようにするのがそのコツだ。

「なんてことないぜ。お前もこいよ。」
「え〜、本当? じゃあ僕も行く〜。」

直哉はきちんと座って三毛を待った。
長い尻尾を、ぐるりと足を取り囲むように巻いて時折その先をぴくぴくと蠢かす。直哉の上機嫌の時に良く出る仕種だ。

じっと見詰める扉の向うに、三毛が降りてきた気配がした。

「いくよ〜。」

ゴツ。

威勢の良い声のした割に、ちっとも動かない扉は、その真横に何かを打ち付けるような音を立てた。

「いたーい〜〜〜。」
「………信じられねえ…。」

どうしてこんな大きな目標を、見誤って頭なんかぶつけるのか。

「なにやってんだよ。ここだよここ。」

直哉は扉を鼻先でつついて、ふらふらと揺らした。
向こう側から拗ねたような声が返ってくる。

「分かってるよう。ちょっと間違えちゃっただけじゃんか。急かさないでよう。」

文句だけは一人前だ。

「んーと、ここでしょう〜?」
「そうだ、早くこいよ。」
「んー、んー、えーい!」
「あっ…、バカ…。」

三毛は鼻先で確かめた扉を、思い切り突き飛ばした。
一瞬大きく開いた扉は、当然反動で勢いよく戻ってくる。
三毛の柔らかい鼻面を、落ちてきた扉が直撃した。

「ひにゃー! いたいー!」
「…………。」

直哉は呆れてしまって声も出ない。

「…もういいよ、お前やっぱ、そのうーりゅーとか言う奴が帰ってくるのを待ってろよ。また痛い目すんぞ。」
「やだっ!」

いままでずっと、うにゃうにゃと甘えるような声を出し続けていた三毛が、急ににゃっと鋭く鳴いた。
直哉はびっくりして目をぱちくりさせた。

「直哉君が出来たのに、僕に出来ない事ないもん! それに、ここから出入できれば、瓜生にだって面倒かけなくていいもん! だから出来るようになりたいの!」

かわいい顔立ちの癖に、怒ると意外と迫力がある。
直哉はドキドキいう胸を押さえるように、尻尾をぐるりとまわした。
こいつほんとに…見かけの割に命知らずな奴。
俺の傍に侍らせるには…ちょうどいいかも。

直哉は三毛の真剣な顔を見詰めて、はっとした。三毛の大きな右目が白く濁っている。
栄養不良の仔猫に見かける症状だ。この年で、可愛がられた飼い猫であんな目だという事は、この三毛は右目が見えてないんじゃないだろうか。

三毛は身体を低くして、慎重に前進中だ。
ただ扉を抜けるだけだというのに、この真剣な有り様は一体なんだろう。
柔らかい毛を全部逆立てて真ん丸くなった三毛は、上半身が室内に入ったところでふうっと大きく息を吐いた。

「半分入ったー! やったー! ちょっと一休…きゅっ!」
「あ…、バーカ…。」
「いやーんうにゃーん! 挟まっちゃったー!!!」

三毛はぺたりと這ったまま、手足をミギミギと動かした。
背中に扉を乗せたまま後退したために、扉が胴体に食い込んでしまってにっちもさっちも行かなくなっている。
更に扉の位置がまずい。肩の関節に引っかかって、直哉も手出しのできない状態だ。
それでも直哉はなんとか頑張った。食い込んでいる扉を咥えて、なんとか三毛を助けてやろうと努力した。
だが、その努力は結局実らない。

「うにーっ! むぎーっ! はーずーれーなーいーっ!!!」
「おい、暴れんなよ。毛皮が剥け…!」

言いかけた直哉は、文字どおり飛び上がった。聞き慣れない人間の声がしたのだ。

「おーい、祥太郎、どこにいるんだ? 祥…、祥っ!」

直哉は尻尾の毛がぶわっと太く広がるのを感じた。
見知らぬ人間! 逃げなくちゃ!

だけど一方の戸口にはその人間が立ちはだかっていて、もう一方の…猫用の出入り口には、三毛が詰まってる。
だが、人間は直哉の方なんて見向きもしなかった。
挟まってじたばたしている三毛の方に一直線にすっ飛んで行ったからだ。

「あっ、祥、また…! だからここは使っちゃダメって言っただろう? お前は目が弱いんだから!」
「うーっ、ふーっ、うーりゅうー! たすけて〜!」
「こら、ちょっと我慢しろって! ほら…、外れたから!」

なんだよ…。直哉はつまらなくなった。
直哉があれほど努力して開けられなかった扉を、人間はいともあっさり開けてしまう。
そして、扉から解き放たれた三毛は、一直線で人間の肩によじ登って、しがみ付いてゴロゴロ言ってる。直哉なんか全然知らん振りだ。

「うなーん、あおーん、うーりゅー、怖かったよ〜。」
「ああ、よしよしよし。怖かったな、祥。」

変なの。直哉はケッと吐き捨てたくなった。
いい年した男の人間が、まるで三毛を赤ん坊を抱くみたいに抱きしめて、すりすりほお擦りしてる。
それになんだか、あいつは三毛の声が聞こえるみたいだ。人間には俺達の声なんか聞こえっこないのに。

「ふにー、うにゅー、直哉く〜ん…。」

人間にがっちりしがみ付いたままの三毛が首を伸ばして直哉を見た。

「ごめんね〜、びっくりさせちゃったね〜。」
「まったくだよ。」

短く鳴き返すと、初めて人間が直哉の方を見た。

「おっ、なんだこの黒。祥、お前の友達か?」
「うーん、そうだよ。直哉君って言うんだよ〜。」
「男前だな。真っ黒だし、ブラピのピー介か?」

直哉は背中を逆立てた。
どうやらこの、瓜生という男の中では、直哉はピー介にされてしまったらしい。
また一つ名前が増えたわけか。それにしても、どんな名前だ? 
ブラピなら、ブラックじゃなくてブラッドだろうに!

直哉は改めて瓜生を見上げた。
でかい人間だ。普通サイズの人間と比べても結構でかい。
三毛はその腕の中に納まると、いっそうちっちゃく華奢に見えた。

「ふーん、しかし、不法侵入だな、ピー介。」

瓜生が足を上げた。
蹴り殺される! 直哉は一瞬にして飛び掛かる体勢を取り、牙を剥いた。

「ほれ。」

しかし、瓜生の足は直哉の思ってもない動きをした。
猫の扉を押し開けたのだ。

「いやーん、いやーん、うりゅ〜、直哉君帰しちゃいやーん。」

三毛が抗議の声を上げている。
直哉はびっくりして瓜生を振り返った。

「うちの祥はな、お前と一緒に走りまわれるほど元気じゃないんだよ。
だけど、また気が向いたら遊びに来てやってくれよ。こいつにも友達は必要だしな。」

ちぇっ。人間だったら舌打ちしているところだ。
なんだかちっとも思う通りに事が運ばない。

直哉は仕方なく、瓜生の押し開ける扉をくぐって外に出た。
ひょいひょいと塀をのぼって振り返ると、ちょうど目の高さの窓が開いて、まだ三毛をしがみ付かせたままの瓜生が顔を覗かせた。

「直哉く〜ん、また遊んでね〜。」

半分見えない目をキラキラさせて、祥が鳴く。
直哉は尻尾をゆるりと振って、思い返して一声鳴いた。
こんな些細な尻尾の挨拶じゃ、あの祥とかいう三毛には見えないかもしれない。

「祥! この次は雪紀に紹介してやるよ。そしたらおまえも、この辺の猫の仲間入りだぜ。」
「ほんと〜〜〜! うれし〜〜〜!!」
「おいおい、うちの王子様、誘惑しないでくれよ。」

猫の祥よりよっぽど直哉の下心を見ぬいたみたいに、瓜生が笑いながら話しかける。
その大きな手は、相変わらずがっちり祥を抱きしめている。

直哉は瓜生に向けて一瞬だけ牙をむき、それから優雅に尻尾を振って自分のねぐらへ向かった。





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