赤いあじさい重く雲の垂れ込めた空から、飽きることを知らないように銀の針が落ちてくる。 冷たいその針は、俺の胸に穴を穿って、埋めることなく広げていく。 俺はため息を吐いた。今日は何度目になるだろう。淀んだ空気を吐き出してみても、心の憂さはちっとも晴れない。 書類をめくりかけて結局投げ出した。こんな風に鬱陶しい雨の日には、到底現実に腰を据えて仕事に励むなどできやしない。 視界の端を、まだ白い靴の裏のゴム底がふらふらと揺れている。 窓辺の椅子に膝を突いた悟空が、外を見ながら足を揺らしているのだ。この間買ってやったばかりの新品の靴だが、あいつの靴の裏が白いなど珍しいことだ。買ったその日に泥沼に踏み込んだり、盛大に引っかけて穴を空けたりすることもしばしばだというのに。 「なあ、三蔵。いつまで降るんだよ、この雨。」 「…知るか。」 聞きたいのはこっちの方だ。今年もまた雨季に入った。俺の苦手な纏いつくような雨が一日中降り募る。湿気が酷いせいばかりでなく、頭の芯を僅かずつ齧り取られるような頭痛が止まない。こんな日には何もかもがうざくなる。 「おい、サル、おまえなんで遊びに行かない?」 「ん? こんな時に遊びにいくなって坊さんに言われたよ。」 悟空は左の横顔だけを見せてそう言う。窓枠に腕を乗せると、なんだかだるそうにため息を吐いた。 「おまえが寺中汚しまくるからそんなこと言われるんだ。」 俺は苛々と言った。およそ遠慮を知らない悟空は、清潔な床に泥靴の足跡を残すことなどちっとも気にしないし、野生動物を持ち込んで泥や毛や、汚物まで撒き散らしたことも枚挙に暇がない。 それだけというばかりではないが、悟空の味方はこの寺には少ない。 だから、悟空がおとなしく坊主の言うことを聞くというのはなんだか珍しいことだった。だが俺は、その時はそんなことには気付かなかった。ただひたすら、この雨のように纏いつく、雑多な事柄から逃れたい一心だった。 「いい。俺が許す。遊びに行ってこい。」 「え? いいの?」 悟空は頓狂な声を上げた。だがなぜかさほど嬉しそうにでもなく、俺の顔をじっと見詰めている。苛々と胸の奥が熱くなる気がした。 「いい。早く行け。おまえがいるとうぜえんだよ。」 「………うん。」 その時、悟空はなんとも形容しがたい顔をした。強いて言うならば、慈愛に満ちた顔とでも言うのだろうか。だがそれも一瞬のことで、すぐに奴は大きく顔を綻ばせた。 「じゃあ、行ってくるね、三蔵。」 「…早く行け。」 軽い罪悪感に突き放すように言うと、悟空はぱたぱたと軽い足音を立てて出ていった。 急に部屋が広く、冷たくなったような気がした。 どうしてもやる気の起きない仕事を無理矢理こなして自分の部屋へ戻ったのは、予定の執務時間をだいぶ過ぎてからだった。雨続きですっかりかび臭くなった長い廊下を歩いてたどり着いた扉を開けると、悟空が立っていた。 俺のベッドの周りに何やら飾り付けている。しっとりと露にぬれた青いあじさいだった。 「さんぞー、これ綺麗だろ。」 青が濃くなって、所々紫混じりになっている花弁を、どうやったら一番綺麗な位置に見せられるかと、悟空は悩んでいる様子だった。 頭が重くて安定の悪い花をくるくる回しながら、花瓶に一番安定する場所を探している。気に入った位置でも向きが悪いとあっという間に花は重力に従って回転してしまい、なかなか悟空の思惑通りには腰を据えてくれないのだった。 悟空の腰にまで達する長い後ろ髪が、じっとりと湿って体に纏いついている。悟空は急に身を震わすと、続けざまに3度くしゃみをした。 なんだかそれが無理矢理遊びに行かせた自分に反抗しているようで、むしょうに腹が立った。自分でも理不尽な怒りだとは思うが、どうにも感情が治まらない。 俺は手近に積んであった、小坊主が運んできたらしい洗濯済みのバスタオルを拾い上げると、悟空に投げつけた。ふいを突かれた悟空はあじさいを庇ってたたらを踏んだ。 「なにすんだよう。」 「髪拭いとけ。部屋が湿気るだろうが、バカザル。」 「ちぇー。」 悟空は少し口を尖らすと、タオルの直撃を免れられずに散った2〜3枚の花弁を惜しそうに拾った。 「せっかく綺麗に咲いたのにな。」 「…俺は青いあじさいは嫌いだ。」 少し意地悪な気分になってそう言ってやると、悟空は案の定どんぐり眼を更に丸くした。 「え? そうなの? 何で?」 「青いあじさいは…亡くなった師匠を思い出すからな。」 俺の言葉は半分は本当で半分は嘘だ。今日みたいに雨のそぼ降る中殺された師匠。あの人の無残な最後の姿は今も俺の目に焼き付いて離れない。俺が雨が苦手になった原因でもある。 あじさいは師匠が大好きだった花で、だから師匠を思い出すのは本当だが、別に俺はあじさいは嫌いじゃない。 俺だってそこまではガキでもないし、花に罪があるわけでもない。 だが、のんきなサルは俺の言葉を鵜呑みにする。 「ただし、赤いあじさいなら話は別だ。」 「赤いあじさい? これだって赤いよ、ここんとこ。」 サルは一生懸命花を回して赤い部分を俺に示す。俺は首を振った。 「それは紫だ。赤いあじさいってのがあるんだよ。最初から最後まで赤い奴が。土に鉄の層が含まれていると赤くなるって聞いて、一生懸命鉄くずを埋めたりしたが、結局赤くはならなかったな。」 俺は昔を思い出した。赤いあじさいを欲しがる師匠を喜ばせたくて、裏庭のあじさいの根元に様々な鉄製品を埋めた。それは使わなくなった燭台だったり、町で拾った鍬の欠片だったり、倉庫からくすねてきた錆の浮いた独鈷だったりしたが、それらが効果を発揮することはついになかった。 土の下に鉄分を入れるとあじさいが赤くなると言うのが通説だと知ったのはだいぶ後になってからだ。赤いあじさいを咲かすには、土壌が違うのだ。ここら一帯ではどう頑張っても青いあじさいしか咲かない。赤いあじさいは山を二つ三つ越さないとお目にかかれない。 「じゃ、これ…。」 悟空は手にしたあじさいを困ったように見下ろす。花の好きな悟空は、俺を喜ばせることができると信じてそのあじさいを摘んできたのだろう。あてが外れて戸惑っているようだ。 「いい。そこに置いとけ。花に罪があるわけじゃなし。」 恩着せがましく言う。これだけ引け目を感じさせておけば、サルはしばらくおとなしくしているに違いない。思ったとおり、悟空は安心したようにため息をついた。 朝だと言うのに夕方のように薄暗い。俺は最悪の気分で目を覚ました。 昨夜は雨の音が耳について眠れなかった。真夜中の壁越しに、隣の部屋の悟空が何度も咳をしていたような気もする。 今朝もまた降り続く雨と寝不足のだるさが、俺の不機嫌に拍車をかけていた。 「それでは昨日は結局遊びに行ったのか? あれだけ出るなと言うたのに。」 「うん、だって、三蔵がうるさいって言うから。」 扉越しに会話が聞こえる。悟空と、庫裏の僧の一人らしい。悟空を厭わない数少ない僧の一人だ。 普段、他の僧たちのお勤めとは違う修行を積んでいる彼は、悟空を色眼鏡で見ることはしなかった。悟空の食いっぷりが気に入っているらしい。 扉を開けて入ってきた二人は、それぞれの手に盆を掲げていた。寝起きの胃袋には朝の軽い食事の臭いでもかなり刺激が強かった。 「さんぞー、ゴハン持って来たよ。」 悟空は相変らず能天気に言う。俺は思い切り顔をしかめた。 「いらん。」 「そんなこと言わないで、食べないとダメだよ。三蔵、昨夜もちゃんと食べなかったじゃないか。」 「いらんつったらいらん。食う気がしねえ。」 梅雨時には、俺の食事はいつもの半量以下になる。悟空はそれを酷く嫌がる。 「ダメだよ。三蔵、今日もお仕事あんだろ。ちゃんと食べないと。」 「うるせえったら!」 突きつけられた盆を、俺は思わず払った。派手な破壊音がして、悟空が小さな悲鳴を上げた。 「…っち。」 「大丈夫か!」 湯気を立てていた汁物が、そのまま悟空の剥き出しの腕にかかったのだ。見る間に濡れた部分が赤く腫れ上がっていく。しまったと息を飲む俺よりも、悟空の後をついてきた僧が声を上げるほうが早かった。彼はそのまま俺に向かって叱責に近い声を上げる。 「三蔵様!」 「大丈夫、こんなのすぐ治るし。」 悟空は少し頬を引き攣らせて笑うと、濡れた腕を振った。汁物の具が、飛び散った朝食の上に落ちた。 「…ちゃんときれいに掃除しとけ。」 「うん。」 「それがすんだらおまえはまた遊びに行けよ。うるせえのは嫌なんだ。」 「……うん。」 「三蔵様!」 僧が厳しい目で俺を睨んでいる。俺自身でさえ、自分の言葉に嫌悪感を感じているくらいだから、僧の怒りももっともだろう。しかし、苛立つ気分は治まりそうもない。もしかしてこの気分は、この場にこの僧がいるからかもしれない。 「いいんだよ。三蔵、この季節はダメなんだから。」 俺を庇うような悟空の言葉が、俺の怒りに返って油を注ぐ。俺は二人を当分に睨み付け、それから勢いよく視線を反らした。やってしまってから、自分の行動があまりにも子供染みた物に思えて、ますます腹が立った。 「俺なら、だいじょうぶだから。」 悟空の言葉が胸をキリキリつついた。 執務室がだだっ広い。サルがちっとも遊びにこないからだ。自分で追い払っておいて、俺は遊びにこない悟空にいわれない怒りを感じていた。 雨はまだ止む気配を見せない。軒から規則的にたれる滴の音ばかりが、俺の神経をささくれ立たせる。 「やる気がおきねえ…。」 マルボロの煙を悪戯に輪にして吐き出して、俺は長いため息を吐いた。今更のように、自分がどんなに悟空の来訪を心待ちにしていたかを思い知る。 部屋中を汚して、俺の休憩用の茶菓子を食い散らかして騒ぎまくる悟空は、同じだけ、俺に笑顔と安心を振りまいてくれていたのだ。ここしばらく、悟空の顔も満足に見ていないことにやっと気付いた。 俺のカンフルが帰ってこないから、俺は息継ぎも上手にできない。 気分はくさくさするが、久しぶりにちゃんと奴の顔を見てやってもいい。 雨は上がらないが、ほんの少し胸が晴れた気がした。たまにはサルを甘やかしてやってもいいかもしれない。 だが、俺が態度を軟化させたというのに、悟空の奴はいつまで経っても帰ってこなかった。すっかり日が落ちて、夕餉の支度ができた合図に木管をたたく音が響き、小坊主たちがやかましく駆け抜けていっても、その中に悟空の足音は混じっていない。 俺は再び苛々と室内を歩き回った。せっかく上向いた気分が瞬く間に下降しそうだ。 扉が叩かれた。悟空にしては静かすぎる。扉を開けたのはやはり悟空ではなくて、朝にも訪れた庫裏の僧だった。手にした盆を置きながら、俺の部屋の中を不躾に見回す。悟空の姿を探しているのは言わなくても分かった。 「三蔵様、悟空はまだ帰りませんか?」 「…おおかた気に入ったおもちゃでも見つけて、遊びほうけているんだろうさ。」 僧が俺をじっと睨んでいる。物言いたげな視線は、叱咤するよりも雄弁に俺を威嚇する。 「…悟空が言うなというので言いませんが。」 僧は憤懣やるかたない口調を押し殺す。 「彼はここ数日、ろくに食事もとっておりませんぞ。」 「…なに?」 思いがけないことを聞かされた。飯を食わない悟空など見たことがない。だが、聞き返す間もなく、僧は踵を返した。俺に一切の質問を許さないつもりらしい。直接悟空の様子を見ろということか。 俺は腕を組んだ。立ち尽くして悟空を待つ。盆の上の夕餉が冷えて固くなっていった。 間断なく続いていた雨垂れの音が、だんだん間遠になっていく。降り続いた雨もようやく上がったらしい。 いいかげん待ちくたびれた頃、窓枠をがたがたゆする音がした。扉ばかりを睨んで悟空を待っていた俺は、慌てて振り向いた。 「さんぞー、開けて。」 頬を真っ赤に染めた悟空が、窓の外でどんぐり眼をしばたたいていた。どこをほっつき歩いてきたのか、ずぶぬれでおまけに泥だらけだ。 「おまえ一体、どういうつもりだ。」 「遅くなっちゃったから玄関が閉まっちゃったんだよう。門は乗り越えてきたけど、扉ぶち壊すわけにいかないじゃんか。」 内心のほっとした表情を押し殺し、わざと作った仏頂面で窓を開ける。いきなり何かが鼻先に突き付けられた。 「はい、三蔵。」 「これは…。」 「赤いあじさい。やっと見つけたんだ。」 かつて一度だけ見たことのある赤いあじさいの後ろから、悟空が無邪気に微笑みかける。その笑顔は、亡くなった師匠の柔らかい微笑みを思い出させた。 キュッと胸の奥で何かが痛んだ。不意に俺は思い出したのだ。赤いあじさいを欲しがったのは、師匠ではなく、俺だった。 物心ついた頃から僧籍に身を置いていた俺を、師匠は不憫がってたくさん甘やかしてくれた。遠くに公務で出かけた時に手土産を欠かさないのもその一端だった。 ある時、このあたりでは珍しい赤いあじさいを持ち帰ってくれたのだ。俺はそれが気に入って、何とか育てようと裏庭に植えた。だが、長旅を経てくたびれていた花は結局根づかず、俺は大いに落胆したのだ。 だから師匠はそれ以来あじさい、特に赤い奴に執着するようになった。 青いあじさいを手折っては俺にそっと手渡してくれ、いつも「赤くなくて残念だけれども」と呟いていたそのやさしい笑顔だけが俺の脳裏にこびりついていたのだ。 あじさいの花のかすかな香りがツンと鼻の奥に染みて目頭が熱くなった。こんな子供染みた俺に、今も昔も惜しげなく優しさが降り注がれていいのだろうか。 「? どしたの? 三蔵。」 「…いいから早く上がってこい。ずぶぬれじゃねえか。」 「うん。」 悟空は俺の声一つで幸せそうに微笑むと、ひょいと窓枠に足を掛けた。新品だった靴が泥に浸かっている。軽い動作で窓枠を乗り越えようとして、悟空は勢いよく頭から墜落した。 「…って〜。」 「なにやってんだ、バカザル。」 「だって、なんか足元がふわふわしてさ。」 悟空はぺたんと座り込んだまま俺を見上げて、はあっと肩をおろした。 「三蔵、元気そうだからなんか安心したら、立てなくなっちゃった。」 「何をバカなこと…。」 言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。暗がりから明るいところに転がり込んできた悟空の顔色がなんだか不自然だった。 頬は燃えるように赤いのに、それ以外のところは透けるように白いのだ。濡れて一塊になった髪の房が、ひっきりなしに揺れている。悟空が身体を震わせているのだ。丸いほっぺたを探って愕然とした。熱い。体温がただ事でないレベルに上がってしまっている。 庫裏の僧の一言が急に思い出された。減った食事の量。きれいなままの靴の裏。そして普段なら楽々よけられる程度の盆の直撃を避けきれない動きの鈍さ。悟空は体調を崩していたのだ。それもだいぶ前から。 「おまえ…、熱があるじゃないか! 一体いつからだ!」 声を荒げると、悟空は明らかにしまったという顔をした。 「だいじょぶ、こんなの…、うわ!」 「いつまでも濡れたまんまでいるんじゃねえよ、このバカ!」 昨日以上に乱暴に悟空の頭にタオルを被せると、ガシガシ濡れた髪を拭った。手に必要以上に力が入ってしまうのは、悟空がこんなになるまで気付かずに甘ったれていた自分自身に腹が立つからだ。 「いたいたいた! 痛いよ、さんぞー。」 大きなタオルの下からは、悟空が小さく上げる悲鳴が聞こえてくる。だがその声がどことなく嬉しそうに聞こえて、俺は少し力を緩めた。 悟空がタオルの影から片目だけで俺を見上げた。少し充血して潤んではいたが、その瞳を真正面から見るのは実に久しぶりな気がした。 「本当に平気なんだよ。岩牢にいたときもたまにこんな風になったけど、寝てればそのうち治ったもん。」 「うるせえ。黙ってろ。このバカザル。」 「うん。」 嬉しそうに笑ってやがる。俺はなんだか気恥ずかしくなって、黙って悟空の身体を拭くことに専念した。濡れて張り付いた服を引っぺがすと、細っこいガキの身体は馬鹿みたいに火照っていて、さぞや辛かろうと思わせた。 「…ったく、具合悪いなら悪いって言やあいいんだ。」 「三蔵の方が具合悪そうだったから。」 「ガキが遠慮なんかしてんじゃねえんだよ!」 怒鳴りつけると少し静かになった。反省しているのかと思ったら、歯の根の合わない歯を必死に噛み締めて、がちがち鳴る歯の音を俺に聞かせまいとしているのだった。 俺はすっかり諦めた。このまま悟空を隣の冷たい部屋に返して一人で寝かせておくことなど到底できそうもない。 不意打ち気味に担ぎ上げた悟空の体は、いつにもましてぺたんこで軽かった。そのまま俺のベッドに押し込むと、悟空は慌てふためいた。 「俺っ、自分の部屋に帰るからっ!」 もがくのを押さえつける。力負けしそうになって、ハリセンを取り出した。 スパ───ン! 「いってえええ!」 「言うこと聞けってんだよ、このサル頭!」 「だってこれ、三蔵のベッド! 俺隣行くからさあ。」 「あのせんべい布団に寝て、風邪こじらす気か? いいからおとなしくしてろ。」 強引に毛布を引き上げて顎の下まで掛けてやると、ようやくサルはおとなしくなった。それでもまだ落ち着かないのか、きょろきょろとでかい目を動かして俺の動きを追っている。だが、相当疲れてはいたのだろう。だんだんに動作が緩慢になってきて、俺が悟空の頭を冷やすために水を張った洗面器を持ち込んだ頃には、すっかり目をとろとろさせていた。 「俺さ、…ここで寝ちゃっていいの? さんぞ、どこで寝るの。」 「床におまえ用の布団を敷く。」 「悪いよ、三蔵のお布団なのに。取っちゃって。 だけどこれ、暖かいねえ。ふわふわで気持ちいいし…。 ねえ、三蔵、三蔵ってやっぱりさあ…。」 言いかけて悟空は首を竦めた。恥ずかしそうに笑って見せる。 「やっぱり…なんだよ。言えよ。」 なんだかこんな穏やかな会話が気恥ずかしくて、俺はわざと乱暴に悟空の額にタオルを乗せる。顔の半分を覆ってしまったタオルをちょっと押し上げて、悟空はそのまろやかに光る金の瞳を、ゆっくりと撓める。 「俺はさ、俺の太陽が元気になってくれれば、あっという間に元通りだよ。」 恥ずかしそうに笑うと、自分に言い聞かすようにゆっくりいう。 「三蔵って、優しいよね。」 一瞬虚を突かれた。絶対俺には向けられない言葉だと思っていた。 悟空はよほど照れくさかったのか、俺に背を向けて目を瞑り、5秒後には柔らかい寝息を立てていた。やはり消耗が激しかったのだろう。 俺はゆっくりと悟空の頬をなぞった。真っ赤な頬はまだとんでもない熱さだが、悟空の言うとおり、俺さえ元気になれば悟空の具合も一緒に良くなるのだろう。俺達は妙なところでシンクロしているから。まだ湿った髪の一房を、俺は悟空の額から払った。俺の胸の中にも陽光が差し込んできた気がした。 「俺が優しいって…? ばぁか、お前には全然敵わねえよ。」 小さくデコピンしてやる。梅雨の不調にかこつけて、明日は公務をサボろう。たまには悟空と差し向かいもいいだろう。 青いあじさいの隣に挿した赤いあじさいが重力に負ける。 くるりと回ったその様子は、まるで俺達から視線を反らすかのようだった。 |