「なーなー、さん…っ!」

大声と共にいったん引き開けられた執務室のドアが、慌てたように閉められた。あくびをひとつするくらいの間を置いて、その扉はもう一度ゆっくり開かれる。それが悟空の我慢の限度だったらしい。息を詰めた顔をした悟空は、忍び足で近づいてくると、そっと俺の執務机の端に縋る。

「………。」

俺は書きかけの巻物を手放す気になれず、あえて悟空の挙動を無視する。悟空は机に両手をかけたまま、そろそろと身を低くした。手にはどこかで摘んできた野の花を握り締めたままだ。そうして目から上だけを机の上に覗かせて、それですっかり隠れているつもりらしい。でかい金色の瞳をパシパシと瞬きながら、悟空は俺をじっと凝視している。

「……おい、サル。」

鬱陶しくなって声を掛けると、よほど驚いたのか、悟空はぴょっとか言いやがった。本気で見つかっていないつもりだったんだろうか? まったく面白いやつだぜ。

「何のつもりだ、鬱陶しい。」
「じゃ…邪魔しちゃいけないかなって思ったんだよう。三蔵、一生懸命書いてるから…。」
「お前がそこにいるだけで、十分邪魔だ。」

決め付けてやると、悟空はむううと唸った。だが、不満顔も一瞬で、今度は開き直ったかのように乗り出してくる。

「なあなあ、すっげーな、それ。」

悟空のボキャブラリーはきわめて貧困だ。何でもすっげーでくくられる。

「なにがすげえんだ。」
「それだよ、その、それ!」

俺の反応のあったことが嬉しいらしく、悟空はぐんっと伸び上がった。長い茶色の髪が、勢いよく背中で跳ね上がっている。

「それ持ってると、さんぞー、すっげかっこい…あっ!」

机の上に上半身を乗り上げた悟空は、花を持ったままの手をぶんぶん振った。その勢いで、悟空が摘んでくる花を挿してある牛乳瓶が硯の上に倒れる。分厚い牛乳瓶は割れなかったが、中の水が墨の上に盛大にぶちまかれる。たちまち俺と、机の上の書きかけの書類とがドット模様に染め上げられた。

「………てンめえ…。」
「わ、わ、さんぞ、ごめんって……いってええっ!」

痛えのはこっちだ、この石頭め。

俺はひりひりする拳をさすった。



すっ飛んでやってきた小坊主どもが、掃除をして俺の着替えやら風呂の支度やらしてくれる。その間、悟空は妙に大人しく蹲っていた。殊勝らしく反省でもしているのかと覗き込んでみれば、いつの間に持ち出したのか、俺の清書用の筆を片手に落書きの真っ最中だ。俺は無言でもう一度拳を振り上げた。

ゴイン、と、音をさせると、悟空はきゅ〜とか言いながら縮こまる。こいつを拾ってきてまだわずかだが、そのわずかの間に一体何発鉄拳を食らわせたことか。はやいとこ拳の代用になるものを探さないと、こっちの手がいかれちまう。

「勝手に机の上のものを漁るなと、何べん言ったら分かる!」
「いいじゃんか、少しくらい…。」
「その少しくらいで、お前がぶっ壊したもの、全部目の前に積み上げてやろうか!」

悟空はうーっと唸った。ボキャブラリーに乏しいこいつは、言葉に詰まるとすぐにこうして唸ったり変な声を上げたりする。そして、口よりよっぽど雄弁な黄金の瞳で俺をねめ上げる。そのしぐさが妙に胸を騒がせて、俺はつい、こいつには甘くなってしまう。

「…それ持ってる間は、全然さんぞー、俺と遊んでくれないしさ。」
「この筆は、特に重要な文書に使ってるっていつも言ってるだろう! お前の相手なんてできるわけ………。」
「あ…。」

俺と悟空は同時に言葉を呑んでいた。悟空の手から奪い取った筆が、穂先だけぽとりと床の上に落ちたのだ。

「……………てめえ。」
「だっ、だって、書いてたら色が出なくなっちゃったから、絞ればまた書けるかなって…。」
「てめえの馬鹿力で、穂先ごと引っこ抜くほどしごくんじゃねえよこのサル!」

小坊主どもが何事かと泡を食っている。

俺はそいつらには構わずに、本日3度目の鉄拳を、豪快に炸裂させていた。



物を知らないサルを構っていたから、今日は仕事が思うようにはかどらなかった。

俺は持ち越しになった書類の山を尻目に、とっとと自分の居室に引き上げることにした。何しろ筆がいかれちまったんだ。仕方ないだろう?

ただし、坊主どもは、それならと俺に新しい筆を持たせることを忘れなかった。俺は今、厭々その筆を下ろしている。

こんな七面倒くさい作業は、本当なら坊主どもにでも押し付けたいところだが、それをすると俺の手に合わなくなるのだから仕方ない。
俺はめったやたらマルボロを吹かす。イライラするのは思うように筆が下りないからだけじゃない。さっきから俺の周りをうろちょろと忙しない悟空のせいだ。

この落ち着きのないサルは、どうあっても俺の手元を覗き込みたいらしい。右へ左へと体を揺らし、挙句俺の背中にのしかかって上から覗き込もうとする。あんまりうるさいので払い落としてやったら、それでもめげずに今度は俺の腕とわき腹の間に顔を突っ込んできやがった。まるで仔犬だ。

「んぎゅ〜! ぐるじいい〜!」

思いっきりヘッドロックをかましてやると、悟空はそんな珍妙な悲鳴を上げてじたばたと暴れた。あんまりな馬鹿力に、こっちが振り回されそうになって、仕方なく枷を外してやると、悟空はでかい目に涙をいっぱいためて俺を睨み上げやがる。

「痛いじゃんか! 俺はただ、見たかっただけなのにい!」
「うるせえっ! 俺が何やってると思ってる! お前の不始末の帳尻あわせだぞ!」

声が多少上ずってしまったのはいたし方あるまい。悟空はぎゅっと顔をしかめると、いぶかしげな声を出した。

「俺の不始末…?」
「筆をぶっ壊したろうが。新しいのを下ろしてるんじゃねえか!」
「俺のせい…?」
「お前のせいでなくて、俺の困ることがどんだけあると思ってやがる。」
「じゃ、俺も手伝う!」
「ふざけんな!」

俺は慌てて、途中まで下ろした筆を悟空の手の届かないところに差し上げた。

「お前にこんなもんができるわけないだろうが! いちいち俺の手を煩わせんじゃねーよ!」
「えー! 俺もやりたい! 筆下ろしやりたい!」

俺はちょっと息を飲む。こいつ、自分が何を口走っているかなんて、絶対わかってないに違いねえ。

「そんなに言うなら…俺がやってやろうか、お前の筆下ろし。」
「うんっ!」

悟空はさも嬉しそうに笑うと、大きく頷いた。そしてすぐ、不思議そうな顔をする。

「あれっ、でも俺がするんじゃなくて、三蔵がしてくれるの?」

俺はその問いには答えずに、静かにほくそえんだ。



「なーなー、なんで俺はベッドですんの?」
「そのほうがお前のためだろ。」
「そんでもって、なんでこの手?」
「………お約束だろ?」

悟空は窮屈そうに体を捻った。もっとも、頭上に差し上げられた手は、ベッドの支柱にタオルで括り付けられて、満足に動かせなかったようだが。

俺は薄ら笑いを浮かべながら、四肢を拘束された悟空を見下ろした。すっぽんぽんで括られた悟空は、恥ずかしがる様子も見せずに、でかい目を見開いてきょとんとしている。

こいつを脱がすのは、あまりにも簡単でつまらなかった。筆下ろししてやるから脱げ。その一言ですべて足りた。悟空は何の疑いも見せずに、下着まで景気よく放り出して、俺の言うままに大の字に寝転がりやがった。あまりのあっけなさに、俺は軽い落胆を覚えたくらいだ。しかし悟空の肌は、思っても見ないほど滑らかで、食指をそそるには十分だった。

「…白いな。」
「うん? そう?」

悟空は首を折りたたむようにして、自分の腹を見下ろした。

考えてみれば当たり前なのだろう。悟空は何百年もの間、あの日も差さない岩牢に閉じ込められていたのだ。ここ数日で急激に日光を吸収したとしても、服の下になっている柔らかい部分は、まったくの無垢のままなのだ。そしてその事実は、こんなにも俺を喜ばせてくれる。

俺はワクワクと手を伸ばした。こいつはたしか15歳くらいにはなっているはずだが、それにしては下生えのひとつも見当たらない。だが、その手は悟空の不満声に遮られた。

「三蔵、筆は? 筆使わなきゃ筆下ろしって言わないじゃん!」

俺はちっと舌打ちをし、それからすぐに考えを改めた。

筆がご所望なら、望みどおりにしてやろうじゃねえか。

俺は筆を持ってきた。もちろん、筆下ろしなんてとっくの昔に必要のない、使い古した柔らかい筆だ。しかし悟空にはそんなことは分からないらしい。これからわが身になにが起こるかも知らずに、でかい目を期待にきらめかせて、俺を見上げている。

「それを使うの?」
「ああ、この筆を書きやすくするためになじませるのがお前の役目だ。」

悟空は無邪気な声を出して感心している。

俺は静かに、筆を悟空の白い腹の上に下ろした。そのまま、腹を切るときのように、真一文字に線を引く。

「ひぃんっ!」

細い体が跳ね上がり、滑らかな腕や足に、いっせいに毛穴が立ち上がるのが分かった。

「く、くすぐったいよ、三蔵〜!」
「ふん、感度はいいようだな。」
「なに言って…ひゃあんっ!」

もとより俺は、悟空の抗議なんて聞くつもりはない。もじもじと身悶える白い裸身の、特に柔らかそうなわき腹に筆を上下させると、悟空は甘ったるい声を出した。俺は構わずに筆を進める。淡いピンクの胸の飾りを塗りつぶすように、くるくると丸い円を描いて撫でてやると、ますます声は高くなった。

「くすぐったい…、もうやだあ…。」
「そうか? ずいぶん書き心地のいい筆ができそうだったんだが…。」

わざと残念そうな顔をすると、悟空は潤んだ瞳で俺を見上げる。

「お前が協力してくれないと、いい筆が出来上がらないな…。」
「俺が…我慢してれば、三蔵のいい筆が…できるの?」

悟空のでかい目は、涙を湛えて決壊寸前だ。それはそうだろう。俺は嘯く間にも、筆先で悟空のへそをなぶることを忘れてはいないのだから。

「ああ…そうだな。」

俺は次の答えを予想して、さりげなく悟空の膝を掴む。腕はギリギリ縛り上げたが、わざと緩みを残して縛った足は、さっきからもじもじと神経質に揺れている。

「それなら…我慢…する。」
「…上等だ。」

思った通りの展開に、俺はますます嬉しくなる。膝を掴む指に力を込めると、初めて悟空は黄金色の瞳を不安そうに揺らした。構わずに足をこじ開ける。その間に体を乗り上げても、悟空はまだこれがどんな事態か分かっていないらしい。俺は筆を持ち替えた。目の前にはうまそうな太腿がある。そっと筆でなで上げると、足が滑らかな腹ごと震えた。

「ふ…っ、うン、くすぐった…いよう。」
「膝閉じんなよ。…いい塩梅になってきたぜ。」

俺はくっくっと喉を鳴らしながら、丹念に筆を進める。悟空の足の間のホワイトアスパラガスみたいなものが次第に息づいていくのに気付いて、そちらも丁寧になぞってやった。

「あ…っ、あぁんっ、そこ、やだあ…っ!」

悟空が喘ぐたびに、薄い腹がペコペコとへこむ。アスパラガスの尖塔から、透明な液が滲み出しているのが分かる。今度この皮を剥いてやらなくてはな。その時にはどんな口実がいいだろう。きっと悟空は、俺の言うことなら何の疑いもなく受け入れるのに違いない。

「ひ…っ、ひん…っ、さんぞ、まだあ?」
「どうした。我慢するんじゃなかったのか?」
「だって…、なんか、へんだよお…。」

見上げた悟空の顔は、真っ赤に染まっていた。開けっ放しの口の端から、よだれがあふれている。

「なんか…熱い…。そこんとこが、むずむずするよう…。」

いまやすっかり立ち上がったアスパラガスは、切なげにぷるぷる震えている。俺は満足して薄く笑い、悟空の顎にまで滴るよだれをぬぐってやった。ついでにその指を悟空の口の中に突っ込んでやる。

「あふ…、なに…?」
「しゃぶれ。よく湿らせとけよ。」

指を蠢かして、柔らかい口の中をまさぐってやると、舌が絡み付いてきた。からかうように指先で挟むと、まるで赤ん坊のように熱心に吸い付いてくる。片手を預けたまま、俺はもう一度筆に注意を戻す。悟空の零した蜜を吸って、ぼさぼさだった穂先は鋭くとがっている。俺はそれを、アスパラガスの裏筋から静かになでおろして行った。

「んうっ、ん…っ!」

口を塞がれた悟空の声は小さい。それを少し残念に思いながら、かわいらしいふぐりを撫で回す。震える膝を押し広げると、慎ましやかなすぼまりが見えた。細心の注意をこめて、尖らせた穂先で皺の1本1本にいたるまでなぞっていく。さぞやくすぐったいのだろう。足の震えが大きくなって、その小さな穴がもどかしそうに収縮する。俺は悟空の口から指を引き抜いた。小さな悲鳴を上げて、悟空は息を荒げている。

「くすぐったい…、もうやだあ…。」
「もうちっと辛抱しろ。…最高の筆ができるぞ。」
「だって、だって……なんか出そう〜。」

出そうとしてるんじゃねえか。俺は喉元で笑うと、たっぷり湿った指を、さっきからひくひくうごめくそこに押し当てた。子犬みたいな声を上げて、悟空は身をすくめる。

「ここが痒いんだろう…かいてやるよ。たっぷりと。」
「あ…っ、やっ、やだあ…っ、なんで…っ!」

悟空を拘束しているタオルの、細かい繊維の千切れていく音がする。悟空は異物感にできるだけ体を縮めて抗おうとしているようだが、がっちり拘束されたまま果たせないでいる。膝を閉じられないうちに、指先に力を入れた。軽い抵抗感の後、つぷんと何かを突き破るように、悟空のそこは俺の指を受け入れていく。組み敷いた小さな体が、一際大きく震えた。

「きゃんっ! やだっ、なに…?」
「……痛くねえだろう?」
「だってなんか、あっ、あっ、やあ…っ!」

悟空のそこは狭くて、俺の指を2本受け入れるのが精一杯だ。俺はとっくに筆を放り出していたが、悟空はそんなことにも気づかない様子だった。硬く屹立して涙を零すアスパラガスの天辺にキスをくれると、悟空は絶え入りそうな声で鳴いた。

「や…っ、さんぞ、熱い…っ。なんか、中で、動いてるうっ!」
「うん? こうか?」
「ひゃあっ、やだあ…っ!」

一際深く指を折ってやると、薄いからだが跳ね上がる。まるで、自ら腰を突き出して、愛撫をねだっているようだ。俺は丁寧にアスパラガスを舐めてやった。高い鳴き声が上がり、俺はゾクゾクして思わず柔らかい悟空の太腿に爪を立てていた。

「うそつきぃ…っ! 筆…持ってねえじゃん…あン…っ!」

突然悟空は、自分の置かれている状況に気付いたようだった。俄然抵抗が強くなる。俺は指をさらに進めて、悟空が抵抗できなくなるポイントを探した。たやすく見つかったそこは、悟空に言葉を途切れさす。

「嘘なんてついてねえよ。この俺自ら、お前の筆下ろしをしてやろうって言うんだぜ?」
「ひっ、あっ、あっ、…さんぞ…っ!」
「それにここは、俺の一番大事な筆を受け入れるためのところだ。十分慣らしておかないと…な。」
「あああっ、やあぁっ!」

くちゅ、と小さな音がした。尖塔からあふれ出した蜜が、俺の指を滑らかに蠢かす助けになっている。悟空の柔らかい中がゆっくり蠕動している。俺を拒もうとしているのか、それとも誘い込もうとしているのか。俺はゆっくりと口腔内に悟空を迎え入れた。ガキ臭い味がする。その小さなとんがりを十分に嘗め回すと、丸い尻がひくひくと震えた。

「気持ち良いんだろう?」
「う…っ、やぁ、さんぞ、も、や…っ。」

上目遣いに眺めあげて聞いてみたが、まともな答えが返ってこない。黄金の瞳がきつく閉じられて見えないのは残念だが、水晶みたいな涙がポロポロ流れてくるのは、俺をいい気分にさせた。

そろそろイかせてやるか。深く咥えなおし、唇と舌とで強く擦ってやると、指が締め付けられた。内部を探り、さっきのポイントを突く。同時にきつく吸い上げたら、悟空がかすれた悲鳴を上げるのが聞こえた。

「ひ…っ、ひああっ!」

トクン、と小さな拍動が一つ。喉の奥に放たれたものはわずかな量だ。その青臭い汁を飲み下し、俺は舌なめずりをした。ようやく悟空を手の中に陥れた気がした。

「おい…悟空。すんだぜ、おまえの筆下ろし。」
「ふ…ふえ…。」

伸び上がって髪を掻き揚げてやった。わずかの時間にびっしょり汗をかいて、頬に細かい毛が張り付いている。それを丁寧にはがしてやっていると、悟空は薄く目を開いた。

「もう…終わり?」
「ああ、おまえの分はな。次は…。」

俺の分だ、と続けようとして、俺は思わず言葉をとめていた。悟空の笑顔が飛び込んできたからだ。

「最高の筆、できたよね?」
「…ああ。」
「よかった、俺、三蔵が書き物してるの見るの、大好きなんだ。背中がぴんと伸びててとっても綺麗で、かっこよくて…。」

俺の戸惑いに無頓着に、悟空は続ける。あまりにも邪気のない笑顔で、俺はうっかり見とれてしまう。

「俺が少しでも、さんぞの役に立てたらうれしいんだ。」

毒気を抜かれてしまう。手足を縛り上げられて、騙されてイかされたというのに、悟空はまだ俺の言うことをまともに信じて素直に笑って見せる。まったく、こいつには敵わねえな。かわいすぎて、無理やり物になんてできやしねえ。

「…今夜はこれで勘弁してやるか。」
「え? 何が?」
「俺がおまえを手に入れるときには、だまし討ちじゃなくてちゃんとしてやるって言ってるんだよ。」

わけが分からないらしい。悟空はきょとんとした顔で俺を見つめている。

俺は、悟空の汗ばんだ額に、そっと唇を押し付けた。



昨日中途半端なところで切り上げた仕事が、さらに膨れ上がって俺を拘束している。

俺はイライラとマルボロをふかし、昨日書き上げきれなかった書類を清書している。

机の袖には悟空が張り付いている。なんだかうっとりした目をして、俺の手元をじっと眺めている。文句の一つも出ないところを見ると、今使っている筆が昨日さんざ、悟空を弄んだ筆とは別物だということに、まったく気付いていないらしい。

「なあ、さんぞ、その筆、書きやすい?」
「ああ。最高だって言ってんだろうが。」

余計なことを口走ってわめかれたくない。俺は知らん振りで空々しい嘘を言う。

「ふーん、…それなら、次の筆に換えるのはまだまだだよね。」

少しばかり落胆したような声。俺は思わず手を止めて、悟空を見やる。

悟空は俺と目が合うと、ぽっと頬を染めた。

「次の筆下ろしも、俺が手伝ってやるよ。そんで、また最高の筆、作ろうな。」

なんだ。素質十分じゃねえか。俺は思わずにやりと笑う。昨夜未熟な悟空の体を慮って、遠慮することなんてなかったかもしれない。

「…待ち遠しいからって、わざとぶっ壊すんじゃねえぞ、サル。」

唆すように言えば、悟空が小さく首をすくめるのが見えた。





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