金平糖




ふもとの町で金平糖を見つけた。


ピンクだの白だの黄色だの、ただ砂糖を固めて作った菓子だが、この形がいいのだろうか。これは悟空の好物だったな。
俺は一抹の罪悪感とともにそれを買い求めた。ここのところ公務が忙しくて悟空の寝顔もろくに見ていない。ということは、悟空は俺の存在すら感じていないということだろう。
俺の側付きの僧は、悟空のこともよくかわいがってくれる。悟空は狭い寺の生活に不自由は感じていないはずだが、それでも表情が曇りがちなのだと、彼は教えてくれた。

「悟空はさびしいのですよ。」
「…ああ。」

別に彼に教えてもらうまでもない。悟空の寂しさは俺が一番わかっている。
この耳には今も、悟空が俺を切なく呼ぶ声が響いているのだから。
金平糖を売っていた老婆は悟空の顔見知りらしい。俺の仏頂面にも物怖じせず俺を待たせ、小さな包みにきれいなリボンを巻いてくれた。いかにも悟空の喜びそうな、きれいな輝くリボンだ。
俺はむずがゆい思いをしながら、悟空のためのささやかな贈り物を受け取った。


寺に帰り着いたのは日付が変わったころだった。
俺はきらびやかな袈裟を脱ぎ捨てると、足早に居室に向かった。今日は少し早く帰れるはずだと悟空に言伝を頼んであったのだ。
もしかすると悟空はこぼれそうな黄金の目を見開いて、俺の帰りを待っているかもしれない。幼い悟空にとってこんな時間は真夜中で、とっくに眠りこけているはずだというのも俺はちゃんとわかっていた。
でも、俺が悟空の顔を見たかったのだ。


悟空に与えられた簡素な部屋は仄明るくて、俺はちょっとばかり期待したが、悟空はたわいなくベッドで寝息を立てていた。

「先ほどまで起きていたのですが…今日はどうしても三蔵様のお顔を拝見すると申しまして。」

俺の後を追ってきた僧が申し訳なさそうに言う。俺は彼にわからないような小さなため息を漏らし、悟空の寝顔を見下ろした。
丸い頬に涙の跡が残っている。俺が約束をたがえて戻らないので、こっそり泣いたのだろう。

「最近悟空は笑ってくれなくなりました。三蔵様にお目見えできないのが辛いのでしょうねえ。」

暗に俺を非難する言葉に、俺は思わず苦笑いする。
この愚直な僧は、決して俺を責めるつもりはないのに違いない。ただ、悟空の笑顔が陰るのが残念なだけだろう。
俺はふと、悟空の寝台の周りを見回した。そこには俺が、罪滅ぼしのように買い与えた玩具や菓子類が所狭しと並んでいる。そのどれにも、手をつけた形跡がないのだった。
あの袋は、珍しい綿飴だっただろうか。とっとと食えばいいものを、すっかりしぼんでつぶれてしまっている。

「三蔵様と一緒に食べると申しまして。」

俺の視線の先を追ったのか、聞かれてもいないのに僧が言う。
俺は今度ははっきりため息をつき、悟空の緩く握った手の平に、金平糖の袋を押し込んだ。目が覚めたら食えと言伝するつもりだった。
だが、口にするより早く、悟空の黄金の目がぱちりと見開かれていた。


俺は不意を付かれて押し黙っていた。悟空の顔を見たら言っておきたいことは山ほどあったはずだが、言葉にならなかった。
悟空はゆるりと身を起こすと、不思議そうに手の中の袋を見た。

「…明日、目が覚めたら食え。今夜はもう寝ろ。」

俺はやっとそう言った。悟空は少し口を尖らせ、しょんぼりと頷いた。また明日、俺が早朝から出かけてしまうことを、悟空は聡くも察したようだった。
もうずいぶん長いこと、悟空の笑顔を見ていない。俺が買い与える雑多のものは、悟空の笑顔を引き出すことはできないようだった。
だが、ではどのようにしたら俺は悟空に笑顔を与えることができるのだろう。
このガキは、もっと花のように微笑んだはずだった。
俺は困り果て、静かに手を伸ばした。俯く悟空のつむじの辺りを、そっと撫でてみた。今の俺が悟空に与えられるのは、そんなささやかなぬくもりだけだ。
手の平から、寝起きのガキの高めの体温が伝わってくる。俺の手が触れた途端、悟空は跳ねるように体を伸ばした。
黄金の瞳が俺を射抜いている。
次の瞬間、まるで光を束ねたように、悟空の瞳が眇められた。白かった頬にぱっと赤みがさす。悟空は満面の笑みを湛えて、俺を眺め上げているのだった。
なんだ。
簡単じゃないか。
俺は指先に力をこめた。
悟空の頭を乱暴にわしわしかき回している間、知らず俺の頬にも笑みが浮かんでいた。

「もうじき暇になるから…それまで大人しくしてろよ。」

悟空の微笑みが触れたところからも伝わって、俺を暖かくしていく。悟空が楽しげにケラケラ笑った。 俺のかわいい小猿には、俺の手が何よりの土産らしかった。











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