最強Love Faighter八戒様が長い指でボクのハンドルをてんてんてんと叩いた。 八戒様がいらいらしてる証拠。ボクは小さく首をすくめた。もっとも今ボクの体は鉄の塊だから、誰にも分からなかっただろうけど。 ボク、ジープ。八戒様の一番の子分。八戒様のお供で、西へと旅をしてる。 お供はあと三人。三蔵と悟空と悟浄。 三蔵はスキ。時々たてがみを撫でてくれる手がとても優しいから。 悟空もスキ。けんかしたりもするけど、一緒に遊んでくれるから。 でも悟浄はキライ。ボクの八戒様にいじわるするから。 日も暮れかける頃になってやっと町にたどり着いた。 ボクはほっと安心して変化を解き、いそいそといつもの場所―八戒様の肩の上に落ち着く。 「今日こそはゆったり部屋が取れるといいですねえ。」 のんびりしたような八戒様の声。だけどボクは、八戒様が心底そう思っていることを知ってる。 ここ数日、どこの町も慌しくて、宿にたどり着いても1部屋取るのがやっとのことが続いている。 八戒さまはなぜだか、旅館で2つ以上部屋が取れないと不機嫌になっちゃうんだ。 「俺は1部屋でもいいよ〜。みんなでマージャンとかできて楽しいじゃん。」 悟空が言い終える前に、スパーンと小気味いいハリセンの音。 涙目になる悟空を、三蔵が睨みつけた。 「俺と二人は嫌だって言うんだな。」 「そっ、そんなこと言ってないよう。」 悟空がちょっぴり頬を赤らめる。 なんだろう。悟空以外のみんな、いらいらしてるみたい。 やっと宿が見つかって、八戒様が部屋を取りにいく。 八戒様は人当たりがいいから、いつも交渉事は八戒様のお仕事。 でも優しい笑顔の八戒様でも叶わないことはある。 「はああ、駄目でした、布団部屋1部屋取るのがやっとです。」 八戒様がしょぼんと言う。肩を落とすから、ボクまで一緒に頭を下げる格好になる。 「どうもこの辺一帯、収穫祭をやっていて、旅行客が多いようです。」 「しょうがあんめ、野宿よりはましだろ。」 悟浄のお気楽な声に、三蔵が気色ばんで振り向いた。 「あのなあ、もう3日も…。」 「飯くったらさ、おれっちちょっと長めの散歩に出るから…な。」 悟浄がいきなり八戒様の肩を抱き寄せる。ボクは落っこちそうになって、慌てて翼をばたつかせた。 いつも乱暴なんだよ、悟浄は! 見ると悟浄が三蔵になんだか目配せをしている。三蔵が眉間のしわを緩めた。 「散歩…な。ゆっくり楽しんでこいよ。」 「へえへ、じーっくり堪能してきますって。」 二人は額を突き合わすようにして、ふふふと低く笑った。 なんだろ、気持ち悪い。八戒様も呆れた顔してる。 そんなこんなで、八戒様と悟浄は、夜の散歩に出かけることになった。 だけどその散歩に、ボクも付き合わされるとは思ってなかった。 「悟浄、一体どこまで行くんです?」 八戒様が悟浄の背中を追いかけながら聞く。 ボクは八戒様の肩の上でほわわとあくびをもらした。もうずいぶん歩いている。 ボクたちの後ろでは、町全体が淡い光に包まれて見える。かすかに男たちの歌声も聞こえてくる。 まだ宵の口で祭りもたけなわらしい。 「人気のないところ。…このあたりでいいかな。」 悟浄が立ち止まったのは町を見下ろす小高い丘の上。 月が大きくて、意外なほどにあたりは明るい。 悟浄は八戒様の腰をぐいっと引き寄せた。 八戒様が慌ててボクを下ろそうとする。だけど間に合わなくて、僕は間近で悟浄が八戒様に顔をくっつけるのを見てしまった。 八戒様の細い顎が悟浄の指に捕らわれて、掬い上げるように上向かされる。 最初、からかうように八戒様の唇をついばんでいた悟浄が、やがてむさぼるように深く唇を合わす。 「…んっ、…ふ…。」 かすかに八戒様の声が漏れる。うわあ、すごい、口の中でむぐむぐいってる! 八戒様の膝が震えてる。ゆっくりと唇が離れると、二人の間に唾液が白い糸を引いた。 「なあ、………クスしようぜ。」 悟浄がなにか囁く。八戒様はなぜかボクの方を振り向いて、真っ赤になった。 なになに? かあせくすってなに? 「…駄目です。…ジープは…まだ子供なんですから。」 「いいじゃねえか。それに…溜まってんだろ。」 悟浄の手が、八戒様のお尻のあたりをさわさわ撫でてる。 八戒様はぶるりと体を震わすと、少し顔をしかめた。 泣き出しそうなのを我慢してるように見える。 「駄目です。…でも、…立ち話もなんですから、車の中で座るくらいは…。」 「そう来なくっちゃ。」 悟浄がにやっと笑った。 八戒様が申し訳ないような、少し嬉しいような顔をして、僕に話し掛ける。 「ジープ、疲れてるところをすみませんが、変化してもらえますか?」 はいはいはーい。八戒様の言うことなら何でも聞いちゃう。ボクはすぐさま変化した。 ボクは実はえこひいきをしている。 ジープの座席はそれぞれ硬さが違う。 一番快適なところはもちろん八戒様の定位置の運転席。一番硬くて座りづらいのはもちろん悟浄の座る席。 だってボクの体を捻じ曲げて車の部品にするんだもん。いいところと悪いところがでるに決まってる。 だから三蔵がいつか、悟空の耳たぶみたいにやらかくて気持ちいいって誉めてくれた翼の部分は八戒様の席に、逆に爪やら尻尾の先のごつごつやらはみいんな寄せ集めて悟浄の尻に下に押し込んでいる。 当然今日も、二人はいつもの席に座るんだと思ってた。それなのになんで二人で前に座るの? 「座るだけですからね。…座る…、悟浄、この手を…。」 「うん? 触るだけでいいの?」 「触るじゃなくて、す・わ・る…って、あん…、駄目ですよ、ジープが…。」 なになに? 何が起こってるの? ボクが内心焦っていると、いきなり助手席ががたんと倒れた。悟浄がリクライニングさせたんだ。 そんなに乱暴にしないでよ! 「こっちこいよ。…。いいだろ、ジープに筒抜けで…まるで3Pしてるみたいな感じしねえ?」 八戒様の重みがゆっくりと助手席のほうに移動する。なんでそんなに窮屈な座り方するの? 「ねえ、悟浄…ここではやっぱり…。」 「なにいってんの。パンツのゴムの上からかわいい頭がこんにちわしてるぜ。」 「な…撫でないでください。あ、ちょっと、悟浄…! だめっ…、ああっ…。」 「だあって撫でたら駄目なら、嘗めるしかないじゃない。いいからいいから、もっと足開けよ。」 「んっ、んっ、駄目ですよ、…ジープが聞いてます…。」 「とかなんとか言いながらしっかり足開いてくれるとこ、大好きよん。」 「だって、…あっ、ああっ、指、抜いてください。…感じちゃうう…。」 なになになに? どうしたの? 八戒さまあ! 「んっ、ぐっ。…へへ、すんごい濃かったぜ。おまえのミルク。」 「…久しぶりだったからです!」 「そう照れなくってもいいだろ。今度は俺のを飲んでよ。下の口で。」 「あっ、待って、あっ、あっ、そんなっ、まだっ!」 「大丈夫、さっき指だけじゃ足りないってぐちゅぐちゅ濡れてたから。」 「だって、そんな、あっ、ジープがっ!」 八戒様の声がどんどん途切れ途切れになってく。声が高くなってすすり泣いてるみたい。 どうしていつも悟浄のやつは八戒様を苛めるんだよう。 しかもなんだかボクの方にまで影響が出てきた。 なにをやってるか知らないけど、車体ががたがた揺れるのだ。 「あっ、あっ、ああっ!」 ギシッ ミシッ ギシシイッ! わ、わ、わあ! 暴れるな、タイヤが…お腹が地面にすれる、すれるってば! 「あ、あ、あ、いい、もっと、もっと奥まで…。」 八戒様の足がフロントガラスをがんがん蹴ってる。 いたいたいた、な、何でそんなトコに足があるわけ〜? 「あっ、あぁあ〜、駄目え、おぼれるう〜…。」 んもう、さっきからボクの背中の上でなにやってるんだよう、二人とも。 ボクは気になって仕方なくて、そうっと片目だけジープのボンネットに飛び出させてみた。 本当はこれやると、八戒様に「ビジュアル的に正しくないからメッ。」っていわれちゃうんだけど、だってだって気になるよう! いきなり目に飛び込んできたのは、悟浄の広い背中。 小麦色に焼けた肌に、赤い蚯蚓腫れが何本もできてる。 ボクの見ている目の前で、八戒様が新しい蚯蚓腫れを作っていった。 八戒様の指から生まれる赤い線が、なんだかとっても悔しかった。 腰が規則正しく動いてる。悟浄が裸の尻を突き出すたんびに八戒様がひいひいと声をあげる。 あ、このリズム、八戒様がいらいらしてるときハンドルを叩くリズムと一緒だ。 1,2,3 1,2,3で、3番目が少し大きいの。 そして足。 ボクはギョッとした。悟浄の逞しい足に、八戒様の白い足が絡みついている。 離したくないと言うように足首まで絡みついたきれいな足。 ダメダメっていいながら、いつもこうして絡み合ってしまう八戒様そのものの足だ。 悟浄の尻が一際大きく動いた。 同時に八戒様が悲鳴を上げる。どこか嬉しそうな悲鳴。 ボクは急に腹が立ってきた。 八戒様を喜ばせるのは僕一人のはずなのに! 「ひ…、酷いですよ、悟浄。こんな…立て続けに…。」 「よかっただろ。」 「…よかった…ですけど…。ジープが見てるのに…。」 「ガキだろ。なにやってるかなんてわかりゃしないって。」 むっかー! 腹立つ! そりゃボクは子供だよ! だけどなんだってわかるんだい! それに八戒様を喜ばすのはボクなんだぞ! ボクは子供だけどドラゴンだ! だから火だって吹くんだぞ!…いずれは。 い、今はできないから、子供のドラゴンの復讐をしてやるう! ボクは一部の変化を解いた。 八戒様は気だるげな仕草で降りてしまっていて、今ボクの上に乗っているのは悟浄一人。 のんきな顔でリクライニングさせた座席の上で腹ばいになってる。いくぞ。 あんぐ。 「うんぎゃあぁぁぁぁおあぁぁぎひいいいっっ!」 「悟、悟浄!」 ぺっぺっぺ、なにこれ! なんか短い毛が一杯口に中に入っちゃった! 目の前にあったものに噛み付いたんだけど、あれは一体なんだったんだろう? コロンとしたものが二つとぐんにゃりしたものが一つ。なんだかぬるぬるしてた。 一つぷちんって潰しちゃったかも。 あんまり気持ち悪かったから、思わず変化が解けてしまった。 吐き出した毛は少し縮れてる。 八戒様はボクの方に見向きもせずに悟浄のそばに駆け寄った。 悟浄は両手を股の間にはさみこみ、体を丸めて口から泡を吐いて悶絶してる。 ざまを見れ。 ボクは八戒様の敵を取ったのに、八戒様が顔色を変えて怒ったのは僕のほうだった。 「どうしてあんな酷いことをしたんですか? もしも噛み千切っちゃってたらどうするつもりだったんです。」 八戒様はこらえきれない様子でぐすんと鼻をすすった。 ボクは身の置き所がなくて小さく丸まった。キュウウと小さく声が漏れる。 「まあまあ、いいじゃないの。ちょっぴり切れただけなんだからさ。」 「だって、悟浄…。」 以外にも、割って入ってくれたのは悟浄だった。 すかした仕草でタバコなんか吸ってるけど、お尻にオムツをはめたみたいなぐるぐる巻きの包帯姿だから、ちっともイケテナイ。 「やきもちやいたんだぜ、そいつ。可愛いもんじゃないの。」 悟浄は火の付いたままのハイライトを指先でくるくる回した。そしてボクに向かってにやりと笑う。 「大事な八戒様の危機だと思ったんだもんな。そりゃけんかくらい売っちゃうよな。」 …あ、もしかしたら、ボク今ちょっとこいつのことスキかも。 「でもな。八戒は俺が頂いたの。 おまえはどんだけ頑張ったって、八戒を手に入れることはできないんだよ。おぼえとき。」 指をすいっと伸ばしてボクの鼻の頭をぱちんと弾く。 …痛くて涙が出るじゃないか! やっぱボク、こいつ、キライだ! ボクらの旅は続いている。 三蔵はますます悟空にだけ甘いし、八戒様も最近では堂々と悟浄とくっついてる。 ボクはひそかに特訓を始めた。悟浄の座席だけをぽんと蹴り飛ばす練習だ。 いつかこっそり悟浄だけを砂漠の真中にでも蹴り落としてやる。 そうしたら堂々と八戒様を独り占めするんだ。 その日だけを楽しみに、ボクは西へとひた走っている。 |