桃幻郷にてプロローグ 騙されているのは分かっていた。彼が、自分を愛していないことなど、誰にいわれるまでもなく百も承知だった。 だが、私にとっては本当にかけがえのない人だった。理由など自分でも分からない。彼が喜ぶことだけが私の生きがいだった。 最初は財産を貢ぐだけだったが、もともと少ない財産はすぐに底をついてしまった。言われるままに私は体を売ったりもした。だが、男である私が、そんなことで大層な金を稼げるわけでもない。 私は自慢の髪を売った。真っ白い歯も売った。そうして私の体は文字通り食いつぶされていき、私は自分の命をさえ、彼に捧げていったのだ。 そして私は、彼が簪を私に贈ってくれたとき、自分が殺されようとしているのを知った。 男の私に簪など、しかも飾る髪はすでになく、前歯を上下で8本も抜いてしまったため、老人のように老いさらばえた顔を飾るものなど、私にはまったく無用だ。 だが、私は本当に嬉しかった。初めて彼が私のためだけを思って贈ってくれたもの。それがたとえ今生の別れのための品でも、私はこれを胸に抱いて死んでいける。 夜半に呼び出した彼が、腰に不自然な大刀を帯びていても、どんどん人気のない山道に誘い込まれても、だから私は静かな気持ちで彼についていけた。振り向いた彼が、あざ笑いながらまず私の顔に一太刀くれたときにも、私は最期を彼の手で迎えられることに喜びを感じてさえいたのだ。 だが、ああ、彼は倒れ付して力の抜けた私の手から、その簪を奪い取ったのだ。私はそれさえあれば笑って死んでいけるのに。私が命を失う僅かな時間をさえ、彼は私に与えてはくれなかったのだ。 私がいまわの際に握り締めた手がなかなか解けないのに苛立った彼は、悔し紛れに私の首を刎ねた。やせ衰えた私の首などたった一振り。彼の足元に落ちた私の首は、それでも彼を見つめていた。 人の命の尽きるのは、一体どの瞬間なのだろう。 私の首は体を離れても、確かに彼を見つめていたのだ。 私が最期に見たものは、彼の醜く歪んだ顔、手に私から奪い取った簪、そして迫りくる彼の足。 蹴落とされた私は、回る風景の中で、必死に彼の姿を求めた。ついに一度も愛してもらえなかった自分を哀れみながら。 山道の真中で、ジープがエンコした。 「しょうがないですねえ。強行軍だったですもんね。今日は久しぶりに野宿でもしましょうか。」 八戒がにっこり言う。やつが言い出したらもう一歩も引かないのは誰もが知っている。悟浄などはさっさと諦め顔になってしまった。 「へいへい、んじゃま、水でも汲んで来ましょうか。」 「宜しくお願いしますね、悟浄。それじゃあ、三蔵と悟空は薪でも拾ってきてください。ついでに何か食べ物を調達してくれると助かるなあ。」 「うん! 三蔵、いこっ!」 「だりい…。おまえ一人で行って来い。」 「ええーっ! せっかくだから一緒に行こうよう。一人じゃ淋しいじゃんかあ。」 「そうですよ、たまには行ってきてください。いい気分転換になりますよ。」 俺はチッと舌を打ち鳴らしつつも立ち上がった。悟空の縋るような金晴眼があんまりうざかったからだ。けして八戒の笑顔の脅迫に負けたわけじゃない。 山の中に分け入ると、たちまちジープと八戒の姿が見えなくなった。なんだか変な気配の立ち込める山だった。 俺は警戒しながら歩いていた。だが、悟空の奴はそんなことは一向に気にならないらしい。妙に嬉しそうに、俺の周りをまとわりつきながら歩く。 「なあなあ、三蔵と二人っきりの散歩なんて、久しぶりだと思わねえ?」 「うるせえ、サル。ちょこまかすんな。」 「ちぇーっ、いいじゃんか。デエトみたいだと思ったのに。」 なにをばかなことを、と、小突いてやろうした俺の拳を、悟空の奴はひょいとよけた。得意そうに笑い、足元も確かめずに走り出す。 人の手の入らない山の斜面に密生する雑草は、立ち枯れてはいるが、それでも悟空の膝を軽く隠す。足元の障害など、まったく見えない。 「おい悟空、危ないぞ。」 「平気だよ、三蔵、あっちのほうへ行ってみよう。なんかいい匂いがする。」 悟空は空中に鼻を突き出して、くんかくんかと匂いを嗅ぐ仕種をした。その体勢のまま、勢いよく突進する。 「おいっ、ごく…。」 言っている側から、悟空の姿がふっと消える。慌てて駆け寄ってみると、足元の地面が大きくえぐれていて、下は深い谷になっている。どうやらここはオーバーハングの上らしい。 はるかに霞む足元で、ごうごうと川が音を立てて流れている。ぞっとして見下ろす。こんな高い所から落ちたら、いかに悟空がサルでも、ただでは済むまい。 「いっててててて…。」 だが、そう遠くない所から、悟空の元気そうなわめき声が聞こえて、俺は胸をなで下ろした。どうやら崖の中腹に引っかかっているらしい。 安心すると同時に、急に腹が立ってきた。まったくあのサル、俺に余計な心配ばかり掛けやがって。 「何やってんだ、バカザル! とっとと登ってこい!」 「わかってるよう!」 不満そうな声も元気いっぱいだ。どこにも怪我もないらしい。 悟空は足元でしばらくごそごそとやっていたが、一向に上がってこなかった。 「三蔵―、登れないー。土が脆くって…。」 「なにやってんだ、あのバカ…。」 俺はもう一度崖下を覗き込んだ。すると不意に、甘い匂いがする。 おやと思った途端、足元がなにかに掬われた。俺はなすすべもなく、崖を転がり落ちていった。 「っつー…。」 しこたまぶつけた頭をさすりながら起き上がると、悟空が実に嬉しそうに俺をはやし立てた。 「やーい、三蔵もおっこってやんの…、いってえっ!」 俺の拳を恨めし気に睨んで、頭を抱える。 「なにすんだようっ! 本当のことじゃんかっ!」 「うるせえっ! もとはといえばおまえがサル頭だからだっ!」 「俺のせいにすんなよなー。」 もう一発、悟空に鉄拳を食らわすと、俺は立ち上がった。どこにも怪我はないようだ。悟空はともかく、俺があの高さから転がり落ちて無傷だというのはなんだか腑に落ちない。 ともかく元の場所に戻らなくては。俺はあたりの土壁を調べた。 悟空が言っていた通りの脆い土壌で、よじ登るのはとても無理だ。力を入れる側からぼろぼろと崩れ落ちてしまう。 そこは上からは見えなかったが、崖に突き出た一本の道になっているらしい。どうやらここを一度下りて崖下に向かい、また一から登り直すしかないようだ。 「ちっ、まったくバカザルのせいでとんだ遠回りだ。」 「バカザルゆーな! 俺、もう腹減っちゃったよう。」 まったくお気楽なサルめ…。俺はげんなりしながら歩き始めた。 「…何でいきなり霧なんだ。」 俺はぼやいた。法衣の襟をかき寄せるが、湿気を多く孕んだ冷気は薄い布地など簡単に突き抜けて俺を凍えさす。 突然沸いて出た霧は、俺たちをミルク壷の中にでも押し込まれたように錯覚させる。あたりは一面の白だ。すぐ後ろを歩いている悟空がやっとしか見えない。 さっきから腹へったを連発して俺をいらいらさせていた悟空が、急に立ち止まって声を張り上げた。 「なあ、三蔵、あっちからいい匂いがする。」 「…何言ってんだ。なんも匂わねえぞ。」 「ううん。匂うよ。ほら、こっちこっち。」 悟空は俺の袖をぐいと引いた。一人分がやっとの細い山道だ。崖から手を放せばたちまち転がり落ちるに違いない。だが、俺たちは落ちはしなかった。 悟空に引かれるままに歩いていくと、急にあたりが開けた気配がする。 「ふーん…、いい匂い…。」 悟空が鼻をひく付かせる。俺にもどうやら匂ってきた。甘い果実の匂い。これは…桃だろうか。 突然風が吹き、嘘のように辺りの霧を吹き飛ばした。 開けた視界の前はちょっとした広場になっていて、そこには大きな木が1本。匂いのもとはどうやらこれらしい。枝にはたわわにピンク色の果実が実っている。 「…胡散くせえ…。」 俺は思わず鼻の頭にしわを寄せた。 こんなやせた土地にこんな大きな木が自生するわけがない。しかもこの季節にこんなに実りがあるなど、どう考えても胡乱だ。 だが、悟空にはそんな理性的な考えはまったくないらしい。思わず俺がひいてしまうほどに瞳を煌かせ、豊かに実った果実を見詰めている。 「すっげー! 桃だぜ! うまそー!」 「おい、待て!」 俺は大口を開けて今にも桃に食いつこうとしていた悟空をすんでの所で止めた。こんな胡散臭いもの、食って良いわけがない。だが悟空は不満たらたらだ。 「こんなもの食うな! うまいわけがない!」 「ええー、なんでだよ! すっげーうまそうじゃんか!」 「バカザル! ちったあ考えろ。こんなところにまっとうな物が生えてるわけねえだろうが!」 「むうーう…。」 未練たらしく唸るサルを無視して、俺はきびすを返した。こんな怪しげな所、さっさと退散するに限る。だが俺は思わず悟空同様うめいていた。 霧が晴れて視界が開けたというのに、帰り道がふっつりと切れているのだ。まるで絶海の孤島に取り残されたように、俺と悟空はこの空中庭園に取り残されていた。 「ちっ、…どうやら取り込まれたぞ。」 最初から変な雰囲気の山だと思っていたのだ。悟空が良い匂いがすると言い始めた頃から、俺たちは標的として狙われていたらしい。 さてどうしたもんかと腕を組む俺の背中に向かって、悟空が大声を張り上げた。 「あーっ、俺やっぱり我慢できないっ! 食うっ!」 「おいっ、悟空っ!」 「てっぺんの桃は三蔵にとって来てやるよ。きっと一番日が当たってて、一番甘いよ。」 「日当たりのことを言ってんじゃねえっ! 待てっ、このサル!」 悟空は俺の制止を振り切って、大木に飛びついた。サルそのものにするするとよじ登り、たちまち木の葉の影に姿が見えなくなる。 梢がざわざわと震える。まるで飛び込んできた獲物を歓迎するかのようだ。 「降りてこいっ、悟空っ!」 「大丈夫、すんごく甘いよ。今持って…。」 不意に悟空の言葉が途切れる。梢がざわざわと鳴る。風もないのに。 「悟空っ!」 俺は木の幹を叩いた。木漏れ日が俺の目をちらちらと射る。晩秋の柔らかいはずの日差しがいやに強い。まるで俺に敵意を持っているかのように。 ふとその木漏れ日が途切れた。はるかかなたの木の上で、大きく枝のたわむ音がする。真っ黒い影が降ってくる。 「! 悟空っ!」 俺は両腕を差し伸べた。悟空が落ちてくる。 俺はやっと悟空を抱き留めた。さすがに両肩と腰にひどい衝撃が走る。勢い余って尻餅をついた。悟空はぐったりと弛緩した体を俺の両腕に任せたまま、目も開けない。 「悟空!」 俺は躍起になって叫んだ。くたくたと揺れる体はなにかがいつもと違う。 何回か呼びかけると、不意に悟空の目がぱちりと見開かれた。眼球だけが別の生き物のようにくるりと回って俺の姿を捉える。糸に繰られた人形のような不自然な仕種で、悟空は身を起こした。 「おい、ご…。」 俺の言葉は最後まで続かなかった。悟空がいきなりしがみついてきて唇を奪ったからだ。 細い腕が万力のように俺の首を締め上げる。最初から深くまで差し込まれた舌が、俺の口腔内を這い回る。悟空の唾液に混じって、さらに甘い果汁が流れ込んでくる。しかし、この甘さは…まるで血の味のようではないか。 果実の香りが濃密に俺を取り巻いていく。鼻孔から直接脳を揺すられるように、香りで頭が痺れていく。 俺は注ぎいれられた悟空の唾液をゴクリと嚥下した。甘い果実に混じって悟空の毒が全身に染み渡っていく…。 気が付くと俺は、地べたの上に直に寝ていた。 風が肌の上を流れていくのがはっきり判るほど感覚が鋭敏になっているのに、どうしたことか、首から下がまったく動かない。 左手の下にはいやに丸くてすべすべした石。そして腹の上には悟空。またたびを与えられた猫みたいに蕩けるような表情で、俺を見下ろしている。喉がゴロゴロいうのが聞こえるようだ。 「いい男…。」 「…何言ってんだ。降りろ! 重てえっ! ご…。」 急に喉が詰まった。悟空という名前だけが拒絶されたように出ない。 腹立たしさに思い切り睨みつけると、悟空はうっすらと微笑んだ。その微笑に喜びは感じられない。深い絶望が垣間見られるような笑顔だ。 「…忘れてしまうくせに…。」 悟空は身悶えるように体をゆすった。つるんとした肩が剥き出しになる。 「自分一人でどこかへ行ってしまうくせに…。」 悟空は俺の腹の上に直に座り込んだまま、体をくねらせた。微かな衣擦れの音をたてながら、悟空の服がほどけていく。 最後に悟空はほんの少し腰を浮かすと、下着ごと自分のパンツを毟り取った。素っ裸のまま俺の上にまたがって笑っている。まるでこれから俺を征服するとでも言うように。 俺はかなり狼狽していた。いつもの見慣れた悟空の裸ではない。いつもよりほんのり上気して、妙に挑戦的で…そう、匂い立つように色っぽい。 悟空の手が、ゆっくりと俺の法衣の袷から内側に忍び込んでいく。いつもより冷たい指先が、俺の肌に触れるか触れないかの位置で、俺の胸元を這い回る。俺の反応を楽しむように顔を見ながら、ゆっくりと俺の胸の上に顔を伏せた。 「いい匂いがする…。男の匂いが…。」 変化もしていないのに、悟空の爪だけがいつのまにか伸びている。その尖った爪を、悟空は俺の裸の胸の上に走らせた。鋭い痛みに俺が思わず短く声を上げると、悟空は満足そうに笑った。 「血が出ちゃった。…治してあげるよ。」 しゅっと音を立てて帯が引き抜かれる。悟空の手で撫でまわされて大きく寛げられていた法衣がはらりとはだけた。 柔らかいピンク色の舌が、俺の胸に押し当てられる。傷などまったくない乳首ばかりを、ぺろりぺろりと悟空は舐めた。温かい舌に、片方の乳首だけを執拗に捏ね回されて、俺はうめき声を上げた。 「気持ちいい? 気持ちいいんでしょう? こっちが硬くなってる。」 悟空の小さな手が、いきなり下着越しに俺を握り締める。思わず上げそうになった悲鳴を、俺は必死に押し殺した。 「いいかげんに…しろ。この…バカザル。」 俺の声を聞くと、悟空は嫣然と微笑んだ。猫のようなしなやかな仕草で腰を上げ、向きを変える。 「…可愛がってあげる。」 俺の喉元に裸の尻を突きつけて、悟空は体を伏せた。布越しに小さな両手が俺をしっかり掴む。 「あっ…。」 俺は思わず声を上げた。悟空の体が邪魔で、何が行われているかは見えない。だが、見るまでもなく、悟空が何をしているかはわかる。俺の一番鋭敏な部分が、温かく湿ったものに絡め取られている。 布越しに行われる愛撫は、痺れるようなもどかしさを俺にもたらした。 「ここ…、湿ってきた…。」 悟空はくくくと喉の奥で笑いを漏らし、俺の先端の割れ目を指でつついた。押し付けた指をそのままに、くるりくるりと輪を書く。荒い目の布に擦られる軽い痛みが、俺をますます昂ぶらせる。 「脈打ってるよ。…凄いね。…んん、ふう…んっ。」 「ご…このサル、いいかげんに…しろ。…ふざけるな…、おい…っ。」 相変わらず悟空の名が呼べない。俺は歯軋りをするようにうめいた。 悟空の柔らかい唇に挟み込まれた俺自身が今にも爆発しそうなのが一つ、布越しに施される悟空の愛撫がいつもより数段手馴れていて、狼狽と気持ちよさにどうにかなってしまいそうなことが一つ。 「ご…サル、やるんなら直にしろよ…っ。」 「…こんなふうに?」 先走りと、悟空の唾液で湿ってしまっていた下着がするっと下ろされる。 もうすでに十分に猛ってしまっている俺自身が、寒風に晒される。だがそれも一瞬のことで、ぬるんと暖かい粘膜が俺を包み込む。 「う…っ、はあ…っ。」 いつもの不器用な仕草とはまったく違う愛撫。歯の存在などまったく感じさせない柔らかくぬるついた口腔内が、俺を締め上げ、吸い付き、優しく撫でる。だが、最後までは決していかせない微妙な力加減に、俺は翻弄されていた。 まるで真綿で編んだ鞭で責められているように、優しいけれども消耗させられる。左手が熱い。掌の下の丸い石が、発熱している。 「ご…サル…っ。」 下半身ばかりに血液が集まってきてしまったような気がする。行き場をなくした快楽に急き立てられるように、哀願の言葉を口にしそうになって、俺はやっと悟空の変化に気付いた。 膝立ちになった悟空の尻がゆっくりと揺れ動いている。俺の目の前にさらけ出された総てが、もどかしそうに姿を変えている。片手が後ろに回されて、きれいな肉の割れ目を這い、2本の指が自分を慰めている。悟空の指が蠢くたびに、くちゅりくちゅりと淫猥な音がしていた。 「腰を落とせよ。…一人で楽しむなよ。サル。」 「ん…、ふうっ。」 悟空はため息のような吐息を漏らすと、ゆっくりと膝を曲げた。 俺は顎を使って悟空の手を脇に寄せさせると、今にも雫を垂らしそうになっている悟空の先端をぺろりと舐めた。 ひう、と、悟空が声にならない悲鳴を上げる。がくがくと膝が震えだし、ついに悟空はぺしゃんと俺の顔の上に腰を落とした。 指を飲んだままの悟空の秘部が、目の前にある。その指ごと、入り口を丁寧に舐めてやると、悟空は身を捩ってかわいい声を上げた。 「どうしたよ。…俺を可愛がってくれるんじゃなかったのか? …サル。」 俺が笑うと、吐息が局部にあたるのか、悟空は身を震わせる。指がまた、もどかしそうに蠢きだしたので、俺はそれを噛んでやった。 痛みにすくむ指を今度はじっくりと舐めてやる。俺の昂ぶりを思い知らせるようにゆっくりゆっくりと。 「一人で楽しむんじゃねえって言ってんだろう、このサル。…自分で入れてみろよ。俺はもう、おまえに突っ込みたくてうずうずしてんだ。自分の指で広げて呑んでみろよ。俺の全部を、おまえの一番奥まで。」 ぴくんと悟空の背中が伸びた。のろのろと肩越しに俺を振り返る。 目尻がぽってりと赤く染まっていて、熱にでも浮かされているようだ。 「いいの…?」 悟空の声を聞いた途端、ぎしりと左肘の関節が鳴った。全身を押さえつけていた圧力が薄れ掛けている。 俺は答える代わりに、尖らせた舌先でつんつんと入り口をつついてやった。悟空は小さなため息を漏らし、ゆっくりと腰を上げた。 悟空の指が入り口から離れていくと、そこは物足りないと訴えるように、ひくりひくりと収縮を繰り返している。悟空は四つん這いになって俺をまたいだまま、前へ進んだ。 「こっち向けよ、バカザル。…いい顔してみせろよ。」 悟空は言われたまま素直に向きを変えた。俺の顔を、試すようにじっと見る。 さっきは気がつかなかったが、悟空の瞳の色がオレンジ色に輝いている。いつもの金晴眼になにかが覆い被さったような色だ。 左手の硬直が緩んで、僅かに凹凸のある石の上を滑り落ちた。丸い石だと思っていたが、下のほうにはけっこう欠落があるらしい。大きな穴が開いている。それも一つではない。 指が穴の中に入り込んでしまった。少しいびつなその穴の縁を、俺は探るともなく探った。 なんだか知っているような形だ。俺はそのとき突然、今起こっている事態の総てに合点がいった。桃が実っているわけも、悟空の様子がおかしいのも。 「そうか…。」 俺は思わず呟いた。悟空がゆっくりと背中を反らして俺を見た。オレンジ色の瞳は、恨みよりも悲しみの色のほうが強い。 悟空は緩慢な動作で腰を上げると、左手を俺自身に添えた。そして右手は自分の奥を探る。 今、自分の指で、自分の入り口を精一杯寛げているのだろう。そう思うと震えが走った。もちろん高まる期待感への武者震いだ。 「早く、来いよ。」 ぎしぎしと軋る腕が、なんとか上がるようになってきた。 俺は悟空の太ももを触った。寒いのだろう、鳥肌が立っている。 「…あっためてやっから…。腰下ろせ。早く。」 悟空はためらうように眉をひそめた。薄く開いた唇は、さっきまで俺を味わっていた名残か、濡れるように赤い。 柔らかい入り口が俺の先端に触れた。ひくひくともどかしげに収縮を繰り返しているのまで分かるのに、悟空はそれ以上腰を下ろそうとしない。 俺はうめき声をなんとかかみ殺した。 悟空の下の口が、俺の先端に軽いキスを繰り返している。いくら痺れるように気持ちいいからって、先っぽだけでイっちまうなんて無様な真似、絶対にこいつの前ではできっこねえ。 「…淋しいんだろ。」 ひくりと悟空が震える。抵抗するように強張った腰を、俺はなんとか掴んだ。 まだ体中がみしみしいう。だが、悟空を捕まえるくらいの力なら出せる。 「俺の一番近くにいろよ。」 掴んだ腰をぐっと引き寄せた。ズッと悟空の体が沈む。 「う…ああっ。」 一息に全部突っ込まれて、悟空が白い滑らかな喉を晒して反り返る。 目も眩むような快感と、中途半端なところで放置される焦燥感とが俺を締め上げる。 「動けよ。俺はまだ動けないんだから。…オラ。」 白い尻をピタピタと叩いてやる。 いつもなら体全体を密着させて、悟空の体臭まで思う存分貪るのに、今日ばかりは歯がゆくて仕方ない。だが、その分、悟空の姿が良く見える。 ゆるゆると動き始めた悟空の、白く引き締まった肌にうっすらと汗が浮いている。呼吸をするたびになまめかしく波打つ様子が、まるで川から上げたばかりの息も絶え絶えの鮎のようだ。 けなげに俺を呑み尽くそうと、限界まで開いた太ももに、くっきりと筋が浮いている。その間で可愛らしく己の存在を誇示している悟空自身は、腹にくっつきそうなほど頭をもたげて、その先から雫をこぼしている。挿入のショックで、はちきれんばかりだ。 まるで涙を流して、俺に許しを乞うている様ではないか。 俺は笑みを漏らすと、悟空の尻を力いっぱい叩いた。 パァンと高い音がして、一瞬悟空の動きが止まる。真っ白な肌に、鮮やかに俺の手形が浮かび上がる。 「俺の印、持ってけよ。キスマークの代わりに。」 「あ…、ん…っ。」 「一人は嫌なんだろ。おまえ。」 「な…んで…っ。」 「もっと動けよ。…手伝ってやるから。」 悟空の眉間に深くシワが刻まれている。時折切なそうに喘ぎ、膝を擦りあわそうとする。後だけで行くには刺激が足りないのだろう。 だから俺はゆっくりと手を伸ばした。悟空のシンボルをぎゅっと握りこむ。 悟空の背がビクンと伸びた。かまわずにそのまま、先端の割れ目を親指でぐりぐり擦ってやる。そこはすでにぬめる蜜を一杯に滴らせていて、俺の指は思う様悟空を踊らすことができる。 「ひっ、あっ…あっ。」 「…休むんじゃねえ、動けよ、もっと。」 悟空が反り返るたびに、悟空の中の熱い壁が俺にぎゅうぎゅう吸い付いてくる。気持ちよすぎて眼が回りそうだ。 親指の爪を立て、悟空の天辺の割れ目をこじ開けるようになぶってやる。悟空がかすれた声で悲鳴を上げ、大きく胴震いをする。 「…おっと。」 俺は握った手に力を混めた。掌の中で出口を封じられた悟空の分身が奔流となって悟空を苛んでいるのがわかる。 「一人で楽しむんじゃねえって言ってるだろ。おまえがイイコで上手にできたら、ご褒美におまえん中に、たっぷり注いでやっから。」 悟空はほろほろと涙をこぼした。薄く開いた唇の端から唾液が溢れている。 ピンク色の舌がそれを掬い取り、そのままゆっくりと唇の回りを一周する。誘うようなその仕草に、俺はますます悟空の中で硬直する。 「こんな…ふうに…。」 「いいから…早く。」 俺は悟空をせっついた。悟空が俺に向かって言葉を投げるたびに、全身の束縛が薄れていく。 俺は悟空が乗ったままの腰を少し動かした。悟空はもどかしげにため息をつき、入り口をきゅっと閉める。 締め付けられる切なさに、俺の呼吸も荒くなる。 「あ…あ…、気持ち…いい。」 再び動き出した悟空の行為が緩慢で、俺は我慢しきれない。悟空の動きを早めようと握った右手をゆるゆると上下させ、悟空をしごいてやる。 悟空は甘い吐息を漏らし、いやいやをするように首を振った。俺の右手をそこからもぎ取り、縋るように握りしめる。 今度はそれを支えにして、腰を動かしていく。次第にリズムが整っていき、速度も早くなっていく。 聞こえるのは悟空の涙混じりのうめき声と、粘膜の擦りあう卑猥な音、そして悟空の太ももが俺の腹を打つ乾いた音だけだ。 「ああ、いい、…いいよう。」 悟空がむせび泣いた。反らした喉が歓喜にひくひくと震え、嗚咽を漏らしている。俺の右手を握り締める力がいっそう強くなった。 「こんなふうに、…こんなふうにして欲しかったんだよう…。」 「こっち向けよ。…おまえ、いいぜ。すっげえ、いい。」 俺の腹の上で体を揺すっているもの―歓喜に打ち震えて、つれない恋人の仕打ちを訴えていたものが俺の方を向いた。涙を湛えたオレンジ色の眼が、恐れと期待を込めて俺を見つめる。 「俺の胸の中で眠らせてやるよ。もう淋しくないように一生だって抱いててやる。だから、…来いよ、俺ん中へ。俺の殆どがこのサルのものだけどもな、端っこでいいんなら、おまえのために空けてやる。だからもう、一人で淋しがるな。」 柔らかい言葉を、悟空を乗っ取っている物と、悟空とに向けて掛けた。悟空はゆっくりと空を仰ぎ、眼を瞑った。きれいな涙が眦からも目頭からも溢れては流れる。 「…もう、一人に…しないで…。」 「ああ。ずっと一緒にいる。」 答えた途端、手足が熱く火照ってきた。せき止められていた血液が一気に流されて来たように、全身に体温が戻る。がちがちに固まっていた指先も、解けていくように滑らかに動くようになった。 俺は、俺の腹の上で狂おしく身をよじっている悟空の方に腕を伸ばした。 俺が起き上がることによってバランスを崩した悟空が、俺の首に腕をまわしてすがり付いてくる。俺は悟空を抱きしめた。悟空の細い背中が反り返るくらい、強く。 「ああ、もっと…、きつく抱いて…。」 「俺のものだ。離さない…ずっと。」 悟空の膝を掬い上げる。名残惜しげに絡んでくる腕をもぎ離し、俺は悟空の両膝を地面に押さえつけた。二つ折りにされて、俺と繋がっている部分だけを高く掲げた悟空が、苦しそうに喘ぐ。俺はそのまま激しく悟空を苛んだ。やはり陵辱されるよりするほうが俺には似合っている。 頬を染めた悟空が、けなげに俺に合わせようと腰を揺する。俺は約束どおり、悟空の中にたっぷりと俺の気持ちを注ぎいれてやった。迸る勢いに、悟空は歓喜の悲鳴を上げる。 一度だけでは足りなくて、悟空を裏返し、あるいは大きく開いては2度、3度と繰り返した。何遍抱きしめても物足りなかった。 「ずっと…一緒だよ、三蔵…。」 最期に悟空がそう囁いた気がした。 「あーくそ、太陽が黄色いぜ。」 俺は天を仰いでため息を付いた。昨夜の余韻か、腰が重苦しい。悟空はといえば、これもピースカ寝こけている。 久しぶりにハードな一夜だったから無理もないのだが、あんまり平和な寝顔に腹が立ってくる。 「…ったく。起きろ、バカザル。」 ゲンコツを食らわすと、悟空はふにゃあと満腹の猫みたいな声を上げて起き上がった。 「うーん、…いてて、なんかケツ痛え〜。…あれっ、俺なんで裸?」 悟空は寝ぼけ眼のままあたりを見回し、一番手近にあったシャツを掴んで首を傾げた。 裸の尻には俺が夕べつけた手形も、そのあと散々貪ったキスマークも歯型も、一つとして残ってない。 俺は桃の木の根元を見た。夕べこの地に誘い込まれたときに大木に見えたこの木も、今は頼りなげに傾いだ痩せた木に過ぎない。 その根元に白い丸いもの。俺の左手を捉えて離さなかったしゃれこうべだ。俺はそれをそうっと持ち上げた。 かなり古いものらしく、全体的に黄ばんでしまっている。下顎は欠落しているし、歯も殆ど抜け落ちている。そして右の眼窩を斜めに横切るような鋭利な刀の跡。内臓のたっぷり詰まった美味しいからだは、野にある獣に持ち去られてしまったか、それとも切り落とされた首だけをこの崖下に投棄されたか。 いずれにしろ、このしゃれこうべは自分の意思でここに来たのではない。 「…なんも残ってねえ。…満足して行っちまったか。」 この地を取り巻いていたおどろおどろしい雰囲気がきれいにい拭い去られている。桃の木を見上げた。夕べあんなにたわわに実っていた実が、殆ど落ちて地面で萎んでいる。 この桃は、このしゃれこうべの主の恨みの血を養分に実を実らせていたのだろう。だからあの果実はあんなに甘く、芳醇な香りがしたのだ。 恨めしい相手、あるいは同情してくれるお人よしを求めて、人の気配に触手を伸ばしていたのだろう。 「そこにうまいこと、このおサルが引っかかったわけか。」 「え? なんだよう。」 悟空が素っ頓狂な顔で俺を見上げる。いや、と俺は首を振った。 この痩せた木を狂わせていたアレは、恨みよりも淋しさを強く訴えていた。500年の孤独を過ごし、今も一人でいることを極端に嫌う悟空とは、淋しさを嫌う点でぴったり波長があったのかもしれない。取り付くことが目的だったのではなく、抱きしめて慰めてもらいたかったのだろう。だから、影も残さず昇天してしまった。そんなところか。 「しかし、…ちっともったいなかったかな。」 俺はかすかに後悔した。 昨日みたいに積極的に悟空がねだってくれるなら、俺の片隅にではなく、悟空の片隅にアレを住まわしておいても損はなかったかもしれない。 そうして時折は、夕べみたいに素っ裸の尻を俺の顔の上で振って欲しいものだった。 「ああっ、三蔵、大変だっ!」 突然悟空が真剣な叫び声を上げる。不埒な考えに耽っていた俺は、はっと我に帰った。 「どうした、悟空。」 考えていたことが考えていたことだけに、後ろめたさに俺も釣られて慌てた口調になる。 「俺たち、夕べ晩飯食わなかったっ!」 がっくり力が抜ける。悟空はといえば、握り締めたこぶしをプルプル震わせて、真剣そのものの顔だ。 一発ぶん殴ってやろうとしたが、思いとどまる。悟空のこんな単純なところも、俺にこいつを選ばせる一因だったのだ。 悟空ならたとえ俺に首を刎ねられたとしても、きっと俺のすることなら納得してしまうに違いない。少なくとも何年も恨みに思って、無関係の旅人を巻き込んだりはしないはずだ。 「…帰るか、悟空。」 「うん。腹減ったあ〜。」 悟空は屈託なく笑って、俺の腕に縋りついた。 暖かくって無邪気なサル。俺はこいつに二度と淋しいなんていわせない。決して口には出さない思いを、俺は胸の奥で呟いた。 エピローグ 風が吹いて、茶色に縮んだ葉がはらはらと舞った。時に忘れ去られていた私の梢にも、ようやく季節が巡ってきたようだ。特に夕べ少年がよじ登り、枝を折ったあたりは枯れ方が激しい。 この木も、植物としての終焉を間近に控えているのかもしれなかった。 遠くから響く会話が、かすかな私の残滓を、ふと形作らせる。 「なにやってんだ、悟空!」 「うん、ちょっと、忘れ物!」 大地色の髪をなびかせて、小さな人影が走りよってくる。少年が息せき切って戻ってきたのだ。少年は私の木の下に立つと、少し背伸びをした。 「えーと、えーと、…あれ? おっかしいなあ?」 うろうろと幹の回りを回る。視線は梢の上だ。風に乗って彼が少年を呼ぶ声がする。続いたのは、高僧とは思えない蛮声だ。 「うーん、今行く! ちょっと待っててよう!」 少年は慌てて声を上げると、更に伸び上がった。そうして小さな歓声を上げる。 少し幹をよじ登り、梢に手を伸ばす。 「あったあった。えーと、俺の分と、…三蔵の分。」 降りてきた少年の手には、果実が二つ。夕べのものよりかなり萎んでいるとは言え、れっきとした桃の実だ。 少年はうっとりとした視線をそれに向ける。 「これを、三蔵と食べて…。」 不意に頬を高潮させると、 少年は恥ずかしそうに微笑んだ。大切に桃を懐にしまいこむ。 私は微笑んだ。少年のひたむきな心が私の梢を震わす。 私の寂しさを分かって許しを与えてくれた優しい少年。君は愛しい彼に大切にされるといい。私は消えていくけれども、すべての力をその実に託して、また夢を見せてあげるよ。 「三蔵! 待ってってば!」 少年の懐の中で、私の実たちが嬉しそうにころころと弾んだ。 |