リョーマの煽動




クラブハウスでは、3年生が額を突き合わせて相談事をしていた。
とは言っても、怪我の療養中の手塚の姿はもちろんない。
そして、もう一人メンツが欠けている。大石だ。

「ということで、大石はここしばらく、部活にくるのが遅れるそうなんだ。」

不二がにっこりと言う。大石がいようがいまいがどうでもいいといった風情だ。

「大石はきれい好きだからにゃ〜。」

英二が言う。こちらは不二とは対照的に、なんとも落胆した様子である。

学校が、SARSの世界的蔓延にかこつけて、衛生週間を打ち出したのは昨日の事である。来週から2週間ほど、徹底的な衛生チェックを行うとのお達しがあった。
テニス部は衛生委員で几帳面な大石のおかげで、大した動揺もなくその通達を受け入れることができたが、他の体育会系のクラブハウスではいまてんやわんやの大掃除が繰り広げられている。何しろ掃除の点検で及第点を取れなければしばらく部活中止と言うのだから、どこの部も必死になるわけだ。

衛生週間を聞かされた生徒達の反応はそれぞれと言ったところだが、大石のそれは特筆すべきものがあった。まるで水を得た魚のように生き生きとしているのである。
いま校内を一回りすれば、白衣にマスクとビニール手袋と言う、まるでどこかの集団のような扮装の大石が、消毒用のアルコールを満たした霧吹きを片手に、嬉々として闊歩しているのを必ずどこかで見ることができる。

「で、その間の部長代理の事なんだけど…。誰かやりたい人、いる?」
「俺パース! 下級生はいじって遊ぶのは楽しいけど、指導なんてつまんないもんね〜。」
「俺も…。そんなの、柄じゃないし…。」

真っ先に英二が離脱宣言をする。それに河村がおずおずと迎合した。

「不二は? やりたいんじゃにゃいの?」
「いや、僕は…。」

言葉尻を濁してにっこり笑う不二に、誰も深く突っ込むことはしない。それはそうだろう。テニス部における陰のドンである不二が表にしゃしゃり出てきては洒落にならない。

「ふむ。という事は、俺がやらざるを得ないということかな?」

乾がなんだか嬉しそうに顎を擦る。3人は少し躊躇した。乾に舵取りを任せると、とんでもない方向に進まされそうな気がしないでもない。

「なんだろう…。コートが騒がしいようだけど。」

だが、その杞憂は、河村の一言で立ち消えになる。



3年生達が会話をしていた頃、自主トレを言い渡されていた下級生達はそれぞれのメニューをこなしていた。軽いランニングの後、二人一組になって柔軟をする。その頃から桃城がそわそわし始めた。

「越前! 一緒に組もうぜ!」

なんとなく分かれていた1年生と2年生の境界線を乗越えて、越前の前まで小走りになる。いつもの1年生3人組と一緒に膝の屈伸をしていた越前は、眉間に皺を寄せて振り返った。

「バカやろう。おまえは俺と組むんだ。」

すかさず海堂が待ったをかける。だが、聞こえないのか無視しているのか、桃城はためらうことなく越前の肩に手をかける。海堂が額にピシピシと青筋を立てた。

「聞こえねえのか、桃城!」
「…俺、堀尾と組むからいいっす。」

意外と冷静な越前の答にも、桃城は動じない。

「…ンなこと言うなよ。レギュラーはレギュラー同士、ほぐし具合だって違うぜ〜。ほれ、手ェ出せって。」
「聞いてんのか、コルァ!」

海堂の必死の恫喝の声にも、桃城はもちろん越前も反応しない。ただ、越前の周りにいた1年生3人組みは、一声一声に面白いようにびくびくと反応していたが。

「ひゃ〜、海堂先輩がおっかないよう。リョーマくん、どうするの〜?」

一部のマニアックな女子生徒の間で密かな人気の、カチローのうるうる眼も、一般の男子にはまったく通じない。越前は面白くなさそうに桃城と海堂を見比べると、ふいと桃城に背を向けた。そのままびくついている堀尾を捕まえる。

「堀尾、あっち行って柔軟しよ。ここはこれからうるさくなりそうだから。」
「えぇえー! 桃ちゃん先輩と海堂先輩どうするんだよう! 俺知らねーぞー!」

慌てる堀尾を半ば引き摺るようにして、越前は移動した。それにカツオとカチローの二人も慌てて従う。

「おーい、越前…。」

情けない声を出し、未練がましく桃城が縋る。その襟首を、海堂ががっしと掴んだ。

「しつけー奴だな。越前はおまえとやりたくねえんだとよ。」
「ぁんだと〜。」

ゆらりと桃城が振り向く。越前につれなくふられたためか、すっかり目が据わっている。元々きつい目付きの海堂と視線が合うと、バチリと火花が散った。

「おまえと越前じゃ釣り合わねえんだよ。」
「なんだと! 俺が越前の実力に追いつかねえって言うのかよ!」
「………タッパのこと言ってんだよ! このタコスケが! 越前のチビとお前とじゃ、高さが違いすぎんだろが! 背筋伸ばすときなんかどうすんだよ!」

海堂の噛み付くような言葉に、一瞬桃城が詰まる。準備運動の一つに、背中合わせに立った二人が、頭上に伸ばしたお互いの手首を掴み、一方が前屈することで背筋を伸ばす運動がある。確かに身長差の激しい桃城と越前では、桃城の伸ばした手に越前は掠りもしないだろう。

「う…っ、それは…。」
「大男は総身に知恵が回らねえって言うけど、お前はまさにそれだな!」
「なんだとぉ!」

桃城はつかまれていた襟首を振りほどくと、振り向いて今度は海堂の襟元を掴む。

一触即発の事態に、1年生はおろか2年生まで恐々と二人を遠巻きに眺めている。

だが、海堂が不用意に漏らしたチビと言う一言は、思わぬところで不興を呼んでいた。

越前が射すような目付きで二人を睨んでいたのである。だが二人とも目の前のケンカ友だちをぶちのめすことに躍起で、そのことには気付いていない。

「…るせーんだよ、マムシ野郎! おまえこそ、なに俺にばっかり絡んできやがるんだ! 他におまえと釣り合うタッパの奴なんかいくらでもいんだろが!
…ははーん、さては友だちいないな、お前。」
「な、何を…。」

今度は海堂が怯む番だった。

「そうだ、おまえ態度だけじゃなくて目付きも凶悪だもんな。誰も怖くって近づけやしねえんだ。それで淋しくて俺にばっか絡んできやがるんだろう。
よしよし、マムちゃん、しょうがねえから俺が相手してやろうか。」

身長差があると言っても高々指2本分の事である。それなのに桃城にバンダナ越しに頭をイイコイイコと撫で撫でされて、海堂の瞳がますます凶悪に釣りあがる。桃城の言うことが的を得ているからこそ腹が立つのだが、そんなことは海堂的には認めるわけには行かない。

「てめえ…、ふざけやがって…。」

今度は海堂が桃城の襟首を掴む。互いの手を交差させて、二人は激しくにらみ合った。

「ちっとばかしでかいからっていい気になるなよ、このノーコン野郎! 馬鹿力ならえらいってもんじゃねえんだ!」
「俺のどこがノーコンだよ、このねちこいマムシ野郎が! 友だちいねえからって俺に八つ当たりすんじゃねえよ!」
「何を…!」
「やるか…!」

掴んだお互いの手を手繰り寄せ、鼻先がぶつかりそうな距離で威嚇する。そのまま今にも二人が取っ組み合いそうになったまさにそのとき、遠くから鋭い声が投げられた。

「何してるんだ、お前達!」

異変を感じ取った3年生達が、ミーティングを切り上げて走ってきたのだ。二人は慌てて手を離し、それでも興奮冷め遣らずに互いの顔を睨みつけていた。



「困るじゃないか、二人とも。我々3年生が抜けたら、リーダーになってみんなを引っ張っていくのはレギュラーで2年の君達二人なんだぞ。それがこんな風にしょっちゅうぶつかっていたんじゃしょうがない。」

口調に厳しいものを滲ませながらも、どことなく嬉しそうな表情で乾は桃城と海堂を見下ろしている。
微妙な距離をおいて立った二人は落ち着きなく足を踏み換え、視線を飛ばし、互いに目が合うと懲りずにケッとそっぽを向いた。
乾は形だけ呆れたようにため息をついた。

ここは陸上部のトラックもかねた校庭だ。大掃除にかまけた陸上部が留守にしているのをいい事に、乾たちはここを占領していた。
部活の邪魔になるからとコートから移動させられた二人は、いま教師よろしく腕を組んだ乾に見下ろされてお説教を食らっている。不二は興味がないとついて来なかったが、事の成り行きを危ぶんだ河村と、物見遊山気分の英二、それになぜか越前と1年生3人組がついて来ていた。

「まあまあ、乾。2年生をほっぽっといた俺達3年も悪いんだから…。」
「そうは言っても、自覚が足りない。」

河村がフォローを入れるが、乾はやはりどこか嬉しそうに反論する。

「こんなことではこれから先が思いやられる。ここは一つ、熱い期待で部長代理を任された俺が厳しいペナルティーを…。」
「熱い期待って、誰がしたのかにゃ〜。」

ペナルティーの一言に思わず緊張する二人を、英二ののんびりした声が遮る。何しろ乾のペナル茶には、誰もが文字通り苦い思いをさせられている。乾は眉間に皺を寄せ、透けない眼鏡を押し上げると、英二を振り返った。

「茶々を入れないでくれたまえ。今日はあいにくペナル茶の用意はしてないんだ。」

乾の言葉に、明らかに二人の2年生は肩の力を抜いた。

「だから文字通りのペナルティーをこなして貰おう。まず桃城。」
「はっ、はい!」

指名された桃城はぴんっと背筋を伸ばす。

「君はこのトラックをウインド走で100本。」
「うえ…。」

桃城が泣きそうに表情を崩した。

ウインド走というのは、テニス部に伝来伝わるトレーニングの一つだ。決められた距離をダッシュで駆け抜けた後、同じ距離をジョギングでクールダウンして1本。それを連続して行う。通常のウインド走は、50メートル単位でせいぜい20本だが、このトラックは1周200メートルある。おそらく10本だけでも相当にきついだろう。

「つべこべ言わない。ちゃんと数えてるからな。ほら、とっとと行く!」

大きな掌で尻をパンと叩かれ、桃城はよろよろと走り出した。

「ちんたらしない! もっと早く走れるだろう! もたもたしてると追加だからな!」
「ひゃ〜、スパルタ〜。」

完全に人事の英二は、楽しそうに両腕を頭の後ろに回して交差させる。その腕に頭をもたせ掛けるようにして次の乾の命令を待った。海堂に尋常でない関心を寄せる乾が、彼にどんなペナルティーを科すのか、英二の興味はその一点に集約されていた。

「さて、次は海堂だな。」

乾は振り返ると、おもむろに顎に手をやった。更に楽しそうな表情になっている。

海堂は上目遣いに乾を見上げながら、彼の癖である擦過音の多い呼吸をしている。喜怒哀楽の喜楽がわかりづらい海堂でも、長年鼻を突き合わせている部員たちには、その呼気の加減で海堂の機嫌くらいは分かる。

「海堂のやつ、なんかわくわくしちゃってるにゃ。」
「まあ…、海堂は努力家だから。」

事実、彼は目を輝かせていた。常日頃人の2倍3倍のトレーニングを積んでいる彼は、ちょっとやそっとのハードトレーニングでは音を上げない自信がある。

「何だ、桃城のやつだらしのねえ。」

早くも顎を上げ、喘ぎながら走る桃城を一瞥し、海堂は密かに口の中で呟く。ハードトレーニングなんてものは、たとえその時身体がどんなにきつくても、その後必ず血となり身となると思えば、反ってきつさは喜びにもなる。

「…だけどそれじゃつまらない。」

海堂の様子を窺っていた越前がぼそりと呟いた。

「乾センパイ!」

越前は突然声を張り上げた。乾が越前のほうを向くと、彼はてくてくとそちらに向かった。

「海堂センパイは結構真面目でしたよ。」
「うむ。」

乾は越前の言いたいことが分からなくてあいまいに返事をする。練習の虫のような海堂のことだ。はじめから彼がサボリ目的で桃城と絡んでいたとは考えにくい。

「ただ、桃センパイと身長のことでもめてて…、ああ、『大男、総身に知恵が回りかね』って、言ってましたね。」

しきりに顎をさすっていた乾の手がぴたりと止まり、海堂が全身の毛を逆立てた。

「どんな意味です?」
「さあ…どんな意味だろう。言った本人に聞いてみるのが一番じゃないのかな。」

乾にじっと見下ろされ、海堂はだらだら汗をかいた。何しろ目の前にいるのは部一の大男である。決して彼のことを指して言ったわけではないにしても、十分に彼も揶揄の対象に当てはまってしまう。

「…にしても、越前のやろう…。」

海堂はぎりぎりと歯を食いしばる。俺はあんな言い方はしなかった。越前のやつ、何もかもちゃんと知っていてわざと乾先輩を煽るようなことを言ってやがるな。

「さあ、どんな意味だって?」
「お…、大きいやつは、その、…頭が悪ぃとか…。」
「君は俺をそんな風に見ていたのか。」
「や…、その…。」

言い訳をしようと言葉をもつれさす海堂を片手で制して、乾はふゥとため息を吐いた。眼鏡を片手で押さえてうつむき、軽く首を振る。

「分かっている。君は恐らく俺に悪気があってそんな事を口走ったわけではないんだろう?」
「は…、いや…。」
「だが常々言っているように、君はまったく周りの声に惑わされやすすぎる。君には特別メニューだな。」

乾はぴしっと指を伸ばした。その先には、朝礼のときに先生たちが上る朝礼台がある。海堂はほんの少しほっとした。どんなメニューをやらされることかと思っていたが、台の上でのトレーニングとなれば、背筋と腹筋のセットといったところか。

「君はあの台に乗って…。」

乾の唇がにやりと歪んだ。

「ひたすら体育座り!」
「………は?」

あまりにも予想と違う答えが返ってきたので、海堂は我が耳を疑った。体育座りをして、トレーニング的に何のメリットがあるというのだ。

「さあさあ、行った行った。」

背中を押されて、海堂は朝礼台に押しやられた。

「あーあ、乾の個人的趣味のお仕置きタイムになっちゃったにゃ〜。」

そんなこったろうと思ったけど、と嘯く英二はなぜか嬉しそうだ。

「タカさん、賭けしない?」

英二は河村を振り向くと、悪戯っぽく片目をつぶった。

「このペナルティーが終わったとき、桃と海堂のどっちがよりバテてるか。」
「…海堂だな。もう顔色緑色だし。」
「それじゃ賭けにならないかぁ。」

ちぇーっと唇を尖らせて、英二は踵を返す。急に興味が失せてしまったようだ。

「あんま、面白くなかったにゃ。タカさん、行こ行こ。」
「え? 桃と海堂は?」
「そんなのいいって。どうせ二人とも乾の楽しいおもちゃなんだから。下手に俺らがいじると、とばっちりがきちゃうかもしれないよ〜ん。」
「そ…それはやだな。」
「ほらほら、オチビたちも行くよ!」

はーいと小鳥のように声を揃えて1年生たちが返事をする。一同はトラックを避けて朝礼台の側を通った。
乾は海堂を朝礼台の真ん中に座らせて、爪先の位置から組んだ指の向き、膝に顎を乗せるときのしぐさまで事細かに指定している。乾の心底楽しそうな表情に引き換え、海堂の背中は、緊張のあまり板が入っているかのように強ばっているのが分かる。

「…ふうん。」

越前は足を止めた。あれこれ細かく指示されて、顔を引き攣らせた海堂を見詰める。

乾は数歩後退して、悦に入りながら海堂の全景をながめているところだった。さも満足そうにゆるめていた顔を、急に引き締める。

「むっ、ソックスが片方下がっている!」

さささっと駆け寄ると、びくっと身構える海堂をきれいに無視して、ソックスをびしっと揃える。再び後退して眺めると、にやりと笑う。

「…似合ってるじゃないすか。海堂センパイ。」

越前がクスクス笑いながら言うと、海堂はギッと振り返った。ただでさえきつい目つきが更に釣り上がっているが、よく見るとすっかり涙目になっている。だが、振り向いたとたんに乾のチェックが入った。

「ああ、駄目駄目。顔は正面。」

間髪入れずに元に戻されてしまう。海堂とてそうやすやすと言いなりになりたくはないのだが、大きな手でほっぺたの両側を押さえられて正面を向かされたのでは抗いようもない。

乾はなかなかその手を離さない。至近距離に胡散臭い眼鏡を押し付けられ、さらににっこりと微笑まれて、海堂はだらだら脂汗を流した。

「やや、汗が…。」

乾はどこからともなくタオルを取り出すと、海堂の額をそっと押さえた。身動きどころか汗さえ流せない状況を今更のように思い知って、海堂はくらくらとめまいを感じる。

「………乾先輩、一つだけ聞きたいんすけど…。」

海堂はやっと声を振り絞った。すこぶる上機嫌の顔で、乾は先を促す。

「こういう場合って普通、正座だと思うんすけど…、体育座りっつーのはどーゆー…。」

この体育座りはとにかく体力を消耗する。こんな事を言いつけられるのなら、正座か、むしろウインド走1000本のほうがどれだけ楽か知れない。

「どーゆーって、もちろん正座じゃ君のきれいな足が見えない…いやいや。」

乾は大きく咳払いをした。

「君の忍耐力を育成するために座っていてもらっているんだ。ただ無意味に長時間の正座で足腰を痛める必要はないだろう。桃城にはあれが必要だが、君にはこの方がいい。ケースバイケースというやつだな、うむ。」

何がケースバイケースだ、と海堂は思う。だが、この人には逆らわないほうがいい。なんだか分からないけれども、野生のカンとでも言うものが、強く海堂を抑制している。

その場に立ったまま二人の話を聞いていた越前が大きなあくびを漏らした。

「ま、確かに忍耐力は育成されそうだね。じゃあ海堂センパイ、頑張ってね。」

すたすたと歩いていく背中に、何が頑張ってだと噛み付きたいのを、海堂は必死に堪えた。海堂からのリアクションがなくてつまらなかったのか、越前は桃城にもちょっかいを出して去っていく。

「桃センパーイ、ペース落ちてるっすよ〜。」
「だ、…だまれ、越前…。」

乾は桃城をひょいと振り向いた。

「桃城、後47.5本残ってるぞ。もっとペース上げろ。」

ひぃ〜…と桃城は情けない声を上げる。ちょうど切り替えの地点に差し掛かった彼は足並みをジョギングに変えた。

「い…乾先輩…、どうして、海堂の方しか…見てねえのに…、俺の残りの本数、きっちり数えていられるんすか…?」

次第に遠ざかる桃城は、最後の方は叫ぶように言う。そのおかげでますます息を切らす彼を呆れたようにちらりと見ると、乾はまた楽しそうに海堂に向き直った。

「そんなの決まっている。俺が海堂を見ることは必然であって、何の負担にもならないからだよふーふふふ。」

桃城にではなくて、なぜか海堂に向かって返答をする。

「だから君は、何にも心配しないで座っていればいいんだよ。」

な、と小首をかしげられて、海堂は心配しないどころか緊張のあまり泣きたくなる。乾に今の海堂の気持ちは到底理解できないだろう。

「………嬉しくねえ…。」

細細と呟くのが精一杯の反抗だ。

その日部活が終わったころには、絶好調の乾に対し、疲れきった桃城と、大方の予想通り憔悴しきってヘロヘロの海堂の姿が見られたという。 



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