第三話


今まで使った例のない閂は滑りが悪く、手のひらの形に埃を落とした。俺は、その簡素な封印が破られた形跡がないことに強い安堵を覚えながら扉を開けた。

部屋の中には据えた匂いが篭っている。飢えた雄の匂い。俺が悟空を蹂躪した匂いだ。

「…おい。」

声を掛けても、寝具の上の白い肌はぐったりと伏せたままだった。

俺はそろそろと手を伸ばした。深い大地色の髪が柔らかく波打って、滑らかな背を覆っている。それはまるで、俺の手からこの華奢な姿を守っているようだった。

髪にそっと絡ませようとしていた指先を、俺はすんでのところで引き止めた。今更柔らかく撫でてやったところで、悟空は決して喜びやしないだろう。悟空の脳裏には俺の悪鬼めいた顔だけしか刻み込まれていないはずだ。

本当はもっと優しくしたいのに。

俺は、伸ばしかけた手を迷いを断ちきるように拳に握った。それを思い切って開くと、わざと乱暴に悟空の髪を掴んだ。僅かな力で、悟空の首は反り返った。

「いつまで寝てる。起きろ。」
「う…うっ。」

掠れた声で悟空がうめく。俺の力に抗うように上げられた顔を見て、俺は安心と不安を同時に味わった。

あれだけ腫れ上がっていた顔が、だいぶまともになっている。

きっと俺が悟空の中に刻み付けた傷も、すぐに癒えてしまうのだろう。俺の存在などきれいさっぱり忘れられるように。

「離…、あ…っ。」

俺の手を振り解こうと、手を伸ばしかけた悟空が身をよじった。足を動かそうとした途端だ。俺はそちらに視線を移した。

乱れたシーツは酷い惨状を呈していた。中でも目を引くのは、大きな血の染みだった。悟空の細い腰を中心に、いびつな形の円が、いくつも重なるように落ちている。外周は濃い茶色でひび割れているが、中心はまだ生々しい鮮血の赤だ。俺の見ている前で、新たな赤い円が生まれた。もがく悟空の尻から零れ落ちたばかりの血だ。

「痛むようだな。」

俺は持ち込んだ盆の上から濡れた布巾を取り上げた。右手は悟空の髪を掴んだまま、左手だけでそれを広げると、指に絡めた。悟空の抵抗力を削ぐように、一層髪を引っ張る手に力を込め、無造作に濡れ布巾を悟空の内股にねじ込んだ。

「ひゃ! やっ!」

火照った体に濡れた布巾は冷たいのだろう。悟空はいやいやをするように首をねじった。ぷちぷちと髪が数本千切れる音がする。だが、足は不思議なくらいに動かない。幼い身体に無理矢理狂暴な雄をぶち込んでしまったからだ。柔らかい肉だけでなく、関節や骨に至るまで、俺はこの小さな身体に大きな痛手を与えてしまったのに違いない。

だが俺は、暴走する己をどうしても止められない。

悟空の太腿には網目のように、茶色い筋と、干からびてぱりぱり言う白いものがこびりついている。俺はそれらからは目を背け、柔らかい足の内側に差し込んだ指を、布巾ごと奥に進ませた。夕べ俺を飲み込んだ入り口に突き当たると、悟空はひとしきり身体を震わせた。構わずにそのままそこを拭う。可愛らしい尻の割れ目に沿って指を掬い上げると、引き上げた布巾は鮮やかな赤に染まっている。

「…まだ出血してやがるのか。」

まるでそれが悟空の罪であるかのように、俺は悟空を睨みつけた。傷ついた悟空の身体が、俺を拒んでいるのが聞こえるような気がするのだ。

「アンタがやったんじゃないか。」

小さな掠れた声。悟空の体力の低下を如実に物語る声だ。だが俺は密かに安堵の息をついた。悟空はまだ俺に歯向かうだけの元気がある。

俺は悟空に向かい合う椅子に腰掛けて、持ってきた盆を差し出した。その上にはいくつかの濡れた布巾と、果実や柔らかく炊いた粥などが乗っている。

「食え。」

俺が盆を押しやると、悟空は警戒するように身体を縮めた。

「弱りきった大地の精霊を保護したと言ったら、坊主どもがえらく感激して用意してくれたものだ。食って力をつけろ。」

食い物を見せた途端に、悟空は目を丸くした。細い喉笛がゆっくりと動いて、空っぽの胃袋が目に映るものを要求している様子が分かる。

「ずっと食ってないんだろう。早く食えよ。」

俺の問いかけに、悟空はつられたように肯いた。だが、一向に手を伸ばそうとしない。

俺は次第に苛立ってきた。盆を押し付けると、悟空は逆らうように顔を背けた。

「アンタの施しは受けない!」

吐き捨てるように言う。背けたままの横顔が、とても遠くにあるように感じられて、俺は胸の奥が冷たくなった。分かっている。当然の拒絶だ。俺には悟空から好かれる理由が何一つ無い。

「…誰が施してやるといった?」

俺は悟空の腕を掴んだ。嫌がってもがくが、何程の抵抗でもない。簡単に引き寄せて顎を掴むと脅しつけるように睨んだ。

「俺がおまえのためを思ってやっているとでも思ったのか?」
「痛い…っ、手、放せよ…っ。」

力任せに握る指は、悟空の華奢な腕に深く食い込んでいる。

「スカスカの身体抱いたって、面白くねえんだよ。」

どんな奴も虜にできる自慢の声だ。耳元でこんな風に囁いて、言いなりにできなかった者はない。ただ悟空を除いては。

そして俺は、時としてこの自慢の声が、酷く酷薄に響くことも知っている。

「俺の抱き心地のためにだけ、重みをつけろって言ってんだよ。取り澄ましたツラしてやがって。」

俺は盆の上から、果実を一掴み取り上げた。嫌がる悟空の口元に押し付ける。汁気の多い果実は俺の手と悟空の口の間で潰れた。溢れ出た果汁が腕から肘を伝って落ちる。まだ割れている唇に果汁が染みるのか、悟空は思い切り顔を顰めた。

だが俺は見逃さない。悟空の滑らかな喉が波打って、僅かずつ口の中に染み入る甘い果汁をむさぼっている。

こんなに飢えているのに、乾いているくせに。

悟空は頑として俺を受け入れようとはしない。

俺は悟空を膝の上に抱え上げた。胸を焼くような怒りが、俺を狂暴な行為へと駆り立てる。法衣の前をはだけると、俺の意図に気付いた悟空が空しくもがいた。構わずに悟空の下肢へと手を伸ばす。あまり動けない様子の悟空の入り口は、ぬるりと滑った。

「やだあっ! 放せってばっ!」

涙交じりの悟空の声は、俺を滾らせる。俺は血まみれの指を、見せ付けるように悟空の鼻先に突きつけた。

「十分に濡れてやがる。慣らす手間もねえ。」
「違…っ、嫌だっ!」
「俺の所まで堕ちてこいって言ってんだよ。」

俺は悟空を羽交い締めにするように押さえつけて、首筋に舌を這わせた。入浴も許さないのに、汗の香りもしない。

「何年も飲まず食わずで平気だなんて涼しい顔しやがって。俺は、おまえが、糞小便にまみれてあがく姿が見てえんだよ。」

悟空の右足を抱え上げて、膝が胸に着くまで折り曲げる。小さな爪が次々に俺の手に食い込んでくる。皮膚が破れて血が滲むが、それすらも俺を昂ぶらせるだけだ。暴れる身体ごと持ち上げて、俺の怒張の上まで持ってくる。手を放すと、悟空は自重だけで俺をくわえ込む。ぐちゃりと濡れた音がした。

「ひう…!」

滑らかな背中が俺の目の前で反り返った。呼吸をする毎に、痛みに震える毎に、ますます悟空の身体は深く俺を咥えていく。密着する身体の間に、暖かい水が広がっていく。血溜りが徐々に大きく育ちつつあるのだ。崩れそうになる華奢な体を引き起こして、手を這わせた。痛みが酷すぎるためか、反応は良くない。

俺は果実の柔らかそうなところを選んで、悟空の口元に運んだ。大きく喘いでいた悟空は、口の中に押し込まれる果実を拒めない。俺はそのまま悟空の口を手で覆った。簡単には吐き出せないように。呼吸を阻害された悟空は、弱々しく俺の手を掻いた。

「食えよ。食わねえと、いつまでもこのままだぞ。」

意地悪く身体を揺すってやる。深く俺をくわえ込んだその部分がぎちぎちと悲鳴を上げる。

「ん…、ぐう…、う…。」
「食って俺の所まで堕ちてこい。それ相応の重みが付きゃあ、地べたを這いずるしかない俺の気持ちが分かろうってもんだぜ。」

痛みのために立ち上がりきらない悟空のシンボルを握り込む。せっせと擦って手の中で大きく育てて、それでも開放してやらない。悟空を鳴かせるためにだけ苛む。

「一緒に地べたを這いずろうぜ。」

そう、俺は本物のおまえが欲しい。

口を押さえつけていた手の内側で、悟空の柔らかい頬が動いた。果実を送り込む食道の動きとともに、俺を迎え入れている部分もゆっくりと蠕動する。悟空の頬に置いた手が濡れた。悟空が涙を流しているのだ。

「よし、…いい子だ。」

喉の奥が乾いた音を立てる。俺は笑っているのか? 胸は張り裂けるように痛むというのに。だが、俺はもう自分自身を制御できない。

屈辱からだろうか、すすり泣く悟空の口に次々と食べ物を押し込む。飲み込むたびに俺を締め上げる悟空の中が気持ちよくて、何度も悟空を揺さぶる。悟空の悲鳴が次第に細くなって、ついに途切れた頃には、盆の上の食べ物もあらかたなくなっていた。

俺はぐったりと力を無くした悟空の中に、ずっと堪えていたほとばしりを放った。そしてそのまましばらく悟空を抱きしめていた。

どうしてこんな時にしか、素直に抱きしめていられないのだろう。

出血の酷い悟空は、冷たく軽く、俺の心を痛めつけている。 



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