第四話


足が痛い。何でこんな事になったんだろう。俺は自分の右足の爪を眺めながらぼんやりと思った。

痛いのは足だけではない。両手も冷たく痺れている。俺の右手には手錠が二つ掛けられている。一つはベッドヘッドの柵を回って左手に掛けられ、もう一つは高く上げられた右足首に掛かっている。俺はとんでもなくあられもない格好で、もう半日も放置されている。外してもらえたのは、トイレに行きたいと泣き叫んだ1回だけだ。三蔵は俺のすべてを支配したがる。食べ物さえ、三蔵の手からしか食べさせてもらえない。

俺が三蔵に捕らえられてから十日ほどが経つ。本当は何日経ったかなんて正確には分からない。三蔵は昼でも夜でも気が向けば俺を抱くし、俺はしょっちゅう気絶させられてしまうからだ。

三蔵に抱かれても、三蔵が言うように気持ちいいなんて思ったことはない。俺を力で押さえつけて言うことを聞かせる三蔵から、快感を得られるわけが無い。だけど最近はずいぶんましになった。初めてのときのように血まみれになってしまうなんてことはない。痛いのは相変わらずだけど、それでも我慢できる痛みにまでなってきた。

体が慣れてきているのかも。

そう考えて、俺は肌を粟立たせた。俺は今のこの状況を甘んじて受け入れるつもりでいるのだろうか。

無論、俺だって何も抵抗しなかったわけじゃない。何度か逃げ出そうと試みた。何も望まないとは言っても、嫌なものは嫌だ。最初の数日は足腰がまったく立たなかった。這ってやっと扉まで行き着いて、閂と格闘しているところに三蔵と鉢合わせた。俺はすぐさままたここにぶち込まれ、縄で縛り上げられた。だから今度はその縄を引き千切ってやった。だがやっぱり脱走には至らない。今になって気付いたことだが、この離れには、厳重に封印がされている。魔除けの札によってだ。だから俺は結局どうあがいても、この扉をぶち破ることはできない。それなのに、三蔵は俺を弄ぶかのように、こんな風なみだらな格好に俺を縛り上げるのだ。

もし、三蔵がもう少し優しければ、俺ももう少しおとなしくしていられるのに。

そう、俺は本当の三蔵が見たい。

そう考えて、俺はぶるぶる首を振った。俺はほだされているだけなんだ。三蔵はいつでも俺を酷い目に合わせる。俺が泣き叫んで許しを乞うまで俺を揺さぶったり焦らしたりする。たまにどうかすると三蔵が、とても悲しい目をしたとしても、だからといって俺があいつに同情することなんかこれっぽっちもない。

なのに、どうしてだろう、こんなに胸が迫るのは。

ガタンと、外側の閂が鳴った。もう夕闇が迫っているのだろうか。赤い空を背景に背負った三蔵は、それでもいつものようにきらめいて見えた。手に食べ物の乗った盆を持っているのを見て、俺ははしたなくも思わずつばを飲み込んでしまう。最初はいやいや強いられたことだった。だが、食べることや排泄することは、長いことすっからかんだった俺の体には麻薬みたいに甘い快感で、俺はすぐにそれを待ち焦がれるようになった。

三蔵の存在自体も、俺にとっては麻薬だった。この寺にはたくさんの人の気配がある。だが三蔵は自分以外の誰にも俺を会わせようとしない。日に一度、俺と三蔵が汚した寝具を取り替えに、誰かが入ってくる。その時は必ず三蔵も一緒にいて、俺を清潔なシーツでぐるぐるに巻き込んで、俺の髪の毛一筋その誰かに見えないようにしてしまうくらいだ。

だから俺は、三蔵以外の誰かと口を聞いたこともない。

ずっと一人ぼっちで忘れ去られていた俺は、自分の考えを口に出せること、それに対して反応があることがこんなに楽しいことだとすっかり忘れていた。たとえそれが三蔵との不毛な会話だけでも、俺はそれが嬉しかったのだ。だから三蔵の毎日のおとないは、俺に嫌悪感と喜びとを同時にもたらした。嘗め回されて突き込まれて、がたがたになるまで揺すぶられるのは嫌だ。だけど話をするだけなら、三蔵が側にいてもいい。

俺はそんな思いを、三蔵と手にした盆とに向けていたのだろう。三蔵はゆっくり内側の閂を掛けると、なんだか楽しそうな顔をして側によってきた。手の上の盆から、心地よい香りが流れてくる。きっと卵で柔らかく綴じた粥だろう。俺は思わず香りを追いかけていた。三蔵がそんな俺を試すように見下ろしている。

珍しく三蔵が焦らさなかった。押し黙ったまま機械的に俺の口に粥を運ぶ。腹を減らした俺に嫌よがある訳もない。俺は与えられるものを何の躊躇いもなくむさぼっていた。今日の粥はいつもと少し違う気がした。

口の中がぴりぴりと痺れるのに気付いたのは、ほとんど食べてしまった後だ。食事をしたせいばかりでなく、体が火照り、息が弾んだ。みるみる肌が敏感になっていく。俺をじっと見下ろしていた三蔵が、上げられたままの太股の裏側に手を這わすと、滑らかなやすりで削られるような感触が全身を這った。全身の穴という穴が緩んでしまったような感覚。目からも口からも、もっと恥ずかしいところからも、暖かくて滑る液体がじわじわと滲み出していくような。

「や…っ、なに…?」

覚えのない感覚に、俺は思わず声を上げていた。検めきれない全身を見ようと、もがく俺の頭上で、三蔵が低い笑い声を漏らす。

「もう効いてきたのか。早いな。」
「効いて…?」

俺ははっと息を呑んだ。今更ながらに今日の粥の中の、僅かに舌を刺す苦さがよみがえった。

「な、なんか…混ぜたのか?」

頭の上で、二重に掛けられた手錠がずっとカタカタ鳴っている。俺は情けない気分になりながら、敏感になりすぎてどうしても震えてしまう全身を止められずにいた。三蔵は俺の声には答えずに、袂の中から小さな瓶を取り出した。半分ほどを、茶色い粒が満たしている。

「由緒正しい寺ってのは面白いもんだな。あれだけ煩悩を忘れるように説くくせに、こんなもんが代々伝わってやがる。」
「な…なに混ぜたんだようっ!」

三蔵の答えは聞くまでもなく、俺の体に現れていた。だが俺は、ほとんど泣き出しそうになりながらも三蔵に向かって叫んでいた。一縷の望みを託すように。

「…鬼殺し、だとよ。」

三蔵はせせら笑った。

「酒じゃなくてな、鬼でもやり殺せるらしいぜ。」
「なんで…っ、そんなもの…っ!」

俺は空しく足を引いた。血液が全部下半身に回ってしまったような気がする。数日前、三蔵に強引に皮を剥かれてしまったそこが、さわりもしないのに立ち上がりかけているのが、引き連れる痛みで分かる。俺はどうあがいたって三蔵の手の中から逃げ出せやしない。こんな妙な薬を盛らなくたって、俺はいつでも三蔵の好きにされてしまうのに。

「おまえはなあ、ここにいる限りは体を開かれるに決まってるんだぜ。毎日、毎日。おまえの花代はおまえの飯代に消えていくんだ。」

三蔵は瓶を傾けて、茶色い粒をいくつか手のひらに受けた。それを指の間ですり潰す。かすかに乾いた音がした。

「俺を喜ばせられないんじゃ、おまえは存在価値がないんだぜ。」
「ひゃ! やっ!」

俺はびくんと跳ね上がった。三蔵の指が差し込まれていた。柔らかい内壁をざらざらしたものに擦られて、俺は三蔵が俺の中に、その茶色のものを擦り込んでいるのを知る。擦られる端から、焼け付くように熱くなっていく。三蔵は何度も指を変えた。そうして丁寧に丁寧に俺の中にそのいかがわしい薬を塗り込めた。

俺の中の熱さは、すぐに違う感覚へと変わった。蠢く何かがいる。たくさんの足を持つ節足動物が、俺の内側にその細かい尖った足を突き立てて、這い回っているようにむず痒いのだ。三蔵の指が離れていってしまうと、そのむず痒さは一層増した。

俺は声を上げた。ほとんど悲鳴に近い声だった。

「いやあっ、中に…何かいるようっ!」
「ほう、…そんな風に感じるのか。」

三蔵の声は憎たらしいくらい落ち着いていて、俺はどうにもならない切なさと悔しさに身を捩った。

「や…っ、取って、取ってようっ!」

むず痒さはどんどん上に上がってくる。一度も触れられていない俺自身が、ひくひくのたうつのが感じられる。

「無理だ。もう溶けて、お前の中に染み込んでる。」

三蔵は嬉しそうに喉を鳴らした。俺は胸を喘がせた。涙ばかりかよだれまで、口の端から零れていく。

「そんなにいいのか? とろとろになってるぜ。」

三蔵は俺の足元に顔を寄せ、うずうずしている俺の天辺にふうっと息を吹きかけた。たったそれだけの刺激なのに、俺は全身を震わせてしまう。溢れ出した蜜は、俺の後門まで流れていく。指があてがわれた。ぬぷっとかすかな音を立てて、呆れるほど滑らかに、俺は三蔵の指を飲み込んでいく。

「ひあ、あぁ!」

三蔵は俺を焦らして楽しんでいるのだろうか。鋭敏になりすぎた俺の中は、三蔵の指がばらばらに動いて俺を責め立てるのを、余すところなく感じ取れる。

「とりあえず…後だけでイってみせろよ。」

もどかしい指が、俺のイイ所を僅かに逸らして蠢く。気付くと俺は腰を振っていた。三蔵の指が少しでもそこに近づいてくれるように、自ら三蔵に自分の恥ずかしいところを押し付けているのだ。それでも、なかなか思うような感覚が得られずに、俺は恥ずかしげもなく声を上げていた。

「んあ…っ、もっと…、もっと奥…っ。」
「もっと奥をどうしろって?」

含み笑いの三蔵の声に悔しさを感じるよりも、焦らされる体の方が辛くて、俺はぎゅうっと三蔵の指を締め付けていた。

「突いて…っ、もっと奥まで突いてよ…っ。お願いだから…っ。」

最後の一声は涙で震えた。俺の最後の砦が突き崩されたような気がした。

三蔵が笑った。だが、その声は、なぜか躊躇うように聞こえた。

「いいだろう。望みどおりにしてやろう。」
「ひいっ。あぁあっ!」

三蔵の指が、俺の待ち焦がれていたそこを突いた。つま先から頭の天辺までを痺れるような快感が貫いて、俺は高い声と同時に白いものを放っていた。

そう、快感。

今まで決して感じたことのなかった、快感。

俺はまだ落ち着かない呼吸を持て余しながら、唇を噛み締めていた。そうしないとみっともなく泣き叫んでしまいそうだった。

三蔵になんか弄ばれて、快感を得ることなんかないと思っていたのに。俺は心だけは自由だと、そう思っていたのに。

ついに俺は、心まで、三蔵に侵略されてしまったのか。

だが、薬を塗り込められた俺の体は、俺の戸惑いなどまったくお構いなしに動き出していた。たった今果てたばかりだと言うのに、また熱い塊が俺を押し上げるのだ。時間にして、ものの10秒も立たないうちに、俺はまた、身を切られるような切なさに嗚咽をかみ殺していた。

三蔵がゆっくりとのしかかってくる。痛いくらい尖ってしまった乳首の先を、舌先だけでちろちろとなぶられた。一度出して更に鋭敏になってしまった肌は、三蔵が俺の乳首を転がすのを、直結で下半身に伝えてしまう。

「は、あ、…あん…っ。」

濡れた吐息が零れる。心は嫌悪感でいっぱいなのに、体は更なる刺激を求めて喘ぐ。

「いい声で鳴けるじゃねえか。」

鎖骨に歯を立てられた。いつもなら痛いだけのその動作も、震えが来るほど気持ちいい。

三蔵がゆっくりと顔を上げた。俺の顔をじっと見下ろしている。俺は急いで顔を背けた。三蔵が俺の唇を欲しがっているのが分かった。だけど俺は与えてやるつもりはなかった。こんなに汚されてしまった俺でも、守りたいものはあるのだ。

「ふん…、まあいい。」

三蔵は沈んで聞こえる声で囁いた。俺の太股を撫で回していた手がゆっくりと滑って、俺の狭間へ向かっていく。指がつんつんと触れた。

「ひ。」

俺は思わず反り返っていた。いったん静まっていたからだの中の虫が、またざわざわと蠢き出していた。

「欲しいんだろうが。ひくついてるぜ。」
「あ、あ、やめ…あ。」

くちゅくちゅと音がする。三蔵がそこを執拗にこね回しているのだ。俺は、その中途半端な刺激から逃れたくて、逃げを打った。だが、窮屈に縛られた体は自由が効かず、反ってすべてを三蔵の前にさらけ出してしまう。つぷ、と1本の指が第一関節まで差しいれられた。とたんに甘い痺れが全身を駆け巡る。

「はあ…、んん…っ。」
「どうして欲しい? 言ってみな。」

俺はぎゅっと目をつぶっていた。三蔵の指がゆっくり深く刺し込まれて、それから次第に抜き取られていく。目をつぶっているために、何度も繰り返されるその動きに全身の神経が集中してしまう。だが、唇を付いて漏れる声が恥ずかしすぎて、俺は目を開ける事ができなかった。

三蔵は今日に限ってやけに慎重だった。いつもなら慌てるように指を増やすのに、いつまでたっても俺に出入りするのはたった1本の指で、その動きも酷く緩慢だった。俺の中の虫は蠢きつづけている。いくら尻を振っても内側からじりじり焦げ付くような切なさは消えてなくならない。俺はいつのまにか鳴咽を上げていた。

「や…もうやだあ…っ。もう許してぇ…っ。」
「そうじゃないだろう。どうして欲しいんだ。」

こんな時に聞く三蔵の言葉は毒を含んだように甘い。

「入れて…っ、三蔵の大きいの、入れて、めちゃめちゃに掻き回してよ…っ。」

三蔵が嬉しそうに喉を鳴らしながら重みを掛ける。俺は打ちのめされた屈辱と、待ちきれない切なさに全身をぶるぶる震わせていた。

俺をしつこく苛んでいた指が引き抜かれ、代わりに熱く滾るものが押し当てられる。

文字どおり俺を刺し貫くように、三蔵は真上から俺を串刺しにした。粘膜が擦り合わされる嫌らしい音がひときわ高く響く。

「ああああっ!」

熱い固まりが、俺の内側を擦り上げながらいっぱいに満たす。

びしゃりと腹が濡れた。触れられたわけでもないのに、俺は2度までも果てていた。

「んっ、ん…ふぁ、あ…っ。」

全身の毛が逆立ってしまうような気持ちよさだった。いっぱいに満たされた俺のそこも、三蔵の重みも温かさも、押しつぶされてなおかつ頭をもたげようとしている俺の分身も、悲鳴を上げたくなるほどに気持ちが良くて、俺はわなわなと震えていた。

三蔵はなかなか動かない。頭の上で金属の擦れる音がする。三蔵が2重に掛けた手錠を外しているのだった。自由になれる嬉しさより焦らされる切なさが辛くて、俺はすすり泣きながら腰を揺すっていた。少しでもいいところに当たるように、もっと気持ちよくなるために。

「なんだ。…急かすなよ。」

少し掠れた三蔵の声。まず足が降ろされ、次に手が自由になった。俺は迷わずその手足を三蔵に巻き付けていた。ひりひりするみたいに敏感になってしまっている肌を鎮めて欲しくて、爪を立てて縋った。

「早く……早く。」

溢れる言葉は、うわごとと変わらない。三蔵が低く笑った。

「あ…、ああっ!」

三蔵がゆっくりと動き出していた。そろそろと抜き出したそれが俺の体を離れる間際にまた強く突き入れる。じゅぷっと豊潤に潤った蜜の音がした。

「ああ…っ、もっと、もっとぉっ!」

三蔵の腰にまわして絡めた足が反り返っている。悪戯に這ってきた指に乳首を押しつぶされると更に痺れるような気持ちよさが走った。三蔵は不意に俺の両の膝を取ると、頭の脇に押しつけた。俺は尻だけを高く天井に向けるような格好にされて、真上から三蔵のたくましい雄に貫かれた。今まで感じた事のない深い所まで三蔵が入り込んでくる。俺はたまらずに甲高い悲鳴を上げた。宙ぶらりんの爪先が、変な形に尖って空を掻いている。

「あああっ、いい…っ、いいよう…っ。」

三蔵の汗が俺の顔に垂れてくる。俺は思わずそれを嘗め回した。

「ひ…っ、もう…、いっちゃ…う…。」
「いいぜ。いけよ。」

大きな手に俺自身をぎゅっと掴まれて、俺はまた白いものをはじけさせていた。同時に三蔵がうめく。俺の中に熱い奔流が注ぎ込まれて、俺は大きくのたうった。



薬の効果はなかなか切れなかった。俺は数え切れないくらいいった。終いには泡しか出なくなって、それでも身を切られるような切なさは消えずに、ずっとすすり泣いていた気がする。

薬の効果が切れると、その後は反動がどっときた。俺は手足を動かすのはもちろん、口を聞く事も、目を開ける事すら疲れきってしまってできなくなった。ほんの数秒、俺は気絶していたのかもしれない。気が付いたときには三蔵のマルボロの香りが漂っていた。

三蔵はきっと俺が眠っていると思っているのだろう。じっと静かに見下ろしている様子だった。俺はなんだかとてもだるくて、目を開ける事もせずに横たわっていた。

「……無理をさせてしまったか。」

三蔵の声は聞いた事もないくらい静かで、まるで違う人のようだった。大きな手がそっと俺の顔を撫でていく。乱れた髪を撫で付けてくれているのだと分かった。

「いつも痛いばかりじゃ、おまえも辛いだろうからな。」

何度も髪を撫でていく手が、頬で止まった。そっと俺の睫を撫でる指先が暖かい。

不意に俺は、三蔵の胸の痛みに気付いた。荒々しい態度と言葉で俺を打ちのめす三蔵は、本当はこんなにも優しいのだ。空っぽの俺を満たして、懐に抱き込んでくれようとしている。俺が素直に変われたら、三蔵も俺を優しく受け止めてくれるのだろうか。

俺はまだ、自分の気持ちが分からない。

三蔵の手の暖かさに誘われるように、俺はゆっくりと意識を手放していった。いつもの冷たい牢屋のような褥が、今日は暖かいゆりかごに思える。ふと、三蔵の腕枕が恋しくなった。 



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