第六話


「おまえら…。」

三蔵が絶句した。その驚きぶりからも、この二人の出現が予想外だったことがわかる。

「なんて顔してるんです。三蔵様が珍しく豪華な輿をお召しだというんでついて来たんですよ。きっとうわさのお稚児さんに会えると思って。」
「その子か? おうおう、所有印いっぱい押されちまって、可愛そうに血まで出てるじゃないの。よっぽどご執心なんだな。」

二人の男は、無遠慮に素っ裸の俺と三蔵を眺め回した。三蔵がいいとも言わないのに、ずかずかと部屋に入ってくる。モノクルを光らせた黒髪の男が、俺を覗き込むように屈んだ。

「ご挨拶が遅れました。僕は八戒、こっちは悟浄。三蔵の古い友人ですよ。」
「そうそ、いわゆる腐れ縁ってヤツだな。三蔵様は忘れたいらしいけど、昔は3人で相当ヤンチャもしたんだぜ。」
「なるほど…、可愛らしい子ですね。三蔵が目の色を変えるのもわかります。」

八戒と名乗った男が、俺の髪を梳き上げた。なんだか笑っているはずのその顔が脅しつけるような顔に見えて、俺は肌を粟立たせた。

「何しに来た! とっとと帰れ!」
「つれないねえ。昔は一人を3人で分け合ったりしたじゃねえの。」
「そうですよ。それに僕らはこの子にも用があってきたんです。」

赤い長髪の男も無遠慮に部屋の中に入ってきた。立ち尽くす三蔵を尻目に、俺が転がっているベッドの脇にやってくる。俺は三蔵に助けを求めたいのを必死に堪えていた。この得体の知れない二人より、三蔵の方がどんなにましかわからない。

「さっきの答え、教えてあげますよ。」
「さっきの…?」
「三蔵が何であなたをここまで連れてきたか。正確には三蔵ではなくて、お寺のお坊さんたちが、ですけどね。」

俺は思わず深く頷いていた。三蔵はずっと俺を寺の僧たちからも隠すようにしてきたのだ。いきなり晒される理由を知るくらいの権利はあるだろう。

「日照りのせいですよ。」
「日照り…?」
「人身御供がね、必要なんですって。」

確かにここしばらく、まったく雨が降らない。だけどそれが俺の境遇とどうつながりがあるのか分からなくて、俺はかなり間抜けな顔をしたはずだ。八戒は嬉しそうにくすくす笑った。

「あなたは聖なる大地の精霊らしいですから、大地の神にささげるには最適だというのですよ、あなたのお寺の僧たちはね。」
「捧げるって…?」
「雨乞いのご祈祷をするんだよ。子供を一人、大地の神と雨の神に捧げてな。えらい坊主たちは、不都合は何でも神様のせいで、それが直れば自分たちの手柄にしたいのさ。んで、儀式をする。痛いところは全部その神に捧げる子供に押し付けてな。
捧げるってのは、生き埋めか火あぶりよ。」
「ついでに、三蔵様を惑わす小悪党の始末もつけられますしね。」

ふたりの言葉があまりに淡々としているので、俺はそれが自分の身に降りかかることとはどうしても思えないでいた。だが、三蔵の苦りきった顔を見て、にわかに現実感が増してくる。三蔵はそんなことの為に俺をこんなところまで連れてきて、その上ひどい方法で辱めているのだろうか。

「おっと、勘違いしないでくださいよ。三蔵はね、あなたをどうしても手放したくないんです。だから、いきなりこんな風に豹変したんですよ。」
「豹変…?」
「そう。今までは人払いをした離れにあなたを閉じ込めて、誰にも見せないようにしていたでしょ。それをいきなりさらし者にして、なおかつこんな壁の薄い部屋で、わざと声を上げずにいられないように苛むのは、あなたを単なる稚児と他の人たちに認めさせたいからですよ。そうでしょう、三蔵?」
「ただの稚児なら、大地の神に捧げる値打ちはないもんなあ。いくら石頭の坊主たちだって、いまどき生贄なんて古臭いこと、本気でしようとは思わなかったぜ。坊主ってのは考える事がキツイよな。三蔵様自身に、可愛がっている稚児の引導を渡させようってんだぜ。」

悟浄は伏せたままの俺の上半身を抱え起こして窓の外を見せてくれた。

「見えるだろ、あれが祭壇。3日後にはあすこに三蔵を祭り上げてご祈祷をする。薪の用意がないところを見ると、おまえの処遇は生き埋めだな。」
「そんな事、俺が許さねえ…っ!」

不意に押し黙っていた三蔵が口を開いた。蒼白になって僅かに体を震わす三蔵は、法衣の前を肌蹴たかなりみっともない格好だったけど、不思議に俺にはとてもきれいに見えた。

「聖なる大地の精なら、母たる大地の懐に抱かれれば、そのまま豊潤な大地に還るなんてへ理屈こねやがって…。どんな生命力の強い奴だって、3メートルも土被せりゃ、窒息するに決まってる…。」
「だからあなたはこの子を貶めたいのでしょう?」

八戒の柔らかい手が俺の肩をそっと抱いた。柔らかくて暖かいその手のひらが、なんだかひやりと食い込んでくる。

「ただの稚児…、それも、三蔵様専用ではなくて、誰にでも体を開く男娼なら、お寺に置いておく価値はありますもんねえ。」
「きさま…。」
「逸るなよ、俺達はあんたの味方だぜ? 協力してやろうって言ってるんじゃねえか。」

悟浄が、まだ俺と三蔵の残滓で濡れた太股に手を這わせる。俺は嫌悪感に身を捩ったが、両手を後ろに戒められたままでは、二人の男の手は解けない。

「既成事実、作ってやるよ。」
「この子があなたの他にも、喜んで体を差し出すって言う、事実をね。」

俺は必死の思いで三蔵を振り返る。

三蔵は青い顔で立ち尽くしているだけだ。



「そうそう、歯を立てちゃいやですよ。僕を存分に楽しませてくださいね。」

余裕たっぷりの声で囁きながら、八戒が俺の首筋を撫でる。俺は今、あぐらをかいた八戒の股間に顔を埋めさせられて、口での奉仕を強いられている。手はまだ後ろ手に縛られたままで、酷く苦しい体勢だ。両膝立ちになって高く上げられた尻の後ろには、悟浄が座り込んでいる。力強い指が、無遠慮に俺の尻の膨らみを押し広げ、俺の恥ずかしい部分を、息が掛かるほどの間近で覗き込んでいる。

「こんなきれいな色なのに、傷が付いちゃってるぜ。それも一つや二つじゃない。
三蔵様もずいぶんな奴だな。可愛がって仕込んでやればいいのによう。」

尻の肉を左右に広げていた指に僅かに力が篭り、ぞろりと生暖かい感覚が這った。ぴちゃりと舌を鳴らす音で、舐められたのだと分かる。気持ちが悪くて全身に鳥肌が立つ。俺は身を引こうともがいた。だが、八戒の手はそれを予想していたかのようにがっしりと俺の髪を掴んで開放してくれない。

「ん…っ、んん…っ。」
「大丈夫、悟浄はああ見えても優しい男ですからね。あなたに辛い思いはさせませんよ。」

八戒の言葉を証明するかのように、悟浄の舌が這い回る。指が浅く差し込まれ、少し寛げられたそこに尖らせた舌が入ってくる。体の内側まで嘗め回される異様な感覚に思わず足を震わすと、大きな手にぎゅっと前を掴まれた。

「んぐ…っ、ふう…っ。」

八戒は俺の髪を緩く掻き回しながら楽しそうに笑う。

「そう、息を吐いてリラックスして。せっかくだから楽しみましょうよ。あなたも…嫌いじゃないんでしょう? こんな蕩けるような肌をして。」

首筋をなで上げていた手が肩を滑って背中の窪みを這っていく。悟浄は足の間に肩をねじ込んで、ますます俺の両足を広げさせた。さっき三蔵を受け入れたばかりの俺のそこは柔らかくて、悟浄の舌はどんどん奥まで入ってくる。同時に、掴まれた俺自身を宥め透かすようにやんわりと揉みしだかれて、俺は自分の体を自分の足で支えているのが辛くなる。

「三蔵様のお仕込みにしちゃ、感度わりぃんじゃねえの? もちっと色っぽい声出してよ。」
「きっと緊張しているんですよ。そうでしょう? ねえ、悟空?」

どうして俺の名前を知っているのだろう。俺はぼんやりそう思った。背中に回された両手の戒めを解いてもらえない俺は、膝と顔面だけで体重を支えるしかない。苦しくて、そんな余計なことでも考えなければいられない。ちょっと油断すると、八戒の汗ばんだ下腹部とじゃりじゃり言う下生えが俺に密着して、呼吸さえ阻害されてしまうのだ。おまけに、俺が不自由な呼吸に喘いで身悶えするたびに、口の中にねじ込まれた八戒はどんどん大きくなって喉の奥の方にまで侵入し、ますます俺を苦しめる。

三蔵。俺は頭の中で叫んだ。動きもままならない首を僅かに捻じ曲げて、視線だけで三蔵を探す。視界の端に捕らえた三蔵は、蒼白な顔で壁を睨んでいた。ほんのひとときも、俺の方を見てはくれない。

「おっと。」

足が震えて体重を支えきれなくなると、悟浄は俺の両足の付け根に手を突っ込んで俺を強引に支え上げた。

「そろそろいいだろ。」

尻の狭間に熱い昂ぶりが押し当てられる。それはそのままぬるりと俺の中に入り込んできた。

「んぐ…っ、んふぅ…っ。」

大して痛みはない。だが、見知らぬものに侵略されるおぞましさに、俺は肌を粟立たせる。逃げ場の無い身体が、それでも無駄にあがいて逃げを打った。俺の頭上の八戒が、熱い息を吐いた。俺は無意識に口の中の八戒を吸い上げてしまったようだ。

「いいですよ。…あなたの中は熱くて、最高です。今、たっぷり飲ませてあげますからね。」

まるで俺が催促したかのような口振りで、八戒は俺の髪をぎゅっと握った。そのまま俺の顔を引き寄せる。同時に悟浄が、湿ったいやらしい音を立てながら俺の奥にまでねじ込まれてきた。感じたくも無い熱が俺を支配して、痛いほどに俺自身を屹立させる。俺を前と後ろから蹂躪する二人の距離が狭まった。俺を同時に辱めながら、二人は俺の頭上で唇を交わしているらしい。濡れた音と吐息とが降ってきた。

「ぐ…ん…ん…っ。」

八戒は俺の頭を両手で掴むと、激しく腰を動かし出した。八戒の先端からにじみ出る粘ついた液が口中に広がって、青い匂いを脳の中にまで叩き込んでいく。間断なく襲ってくる吐き気に身体を強張らせると、背後からは悟浄の呻き声がする。

「つ…っ、締め付けんなよ、おサルちゃん。」

ぐり、と俺の奥に押し込まれた悟浄の雄が蠢いた。引き抜かれ、また叩き付けられる。汗ばんだ肌と肌とが、ピシャンと殴打の音を立てる。

「ああ…、すごい、いいですよ…っ。」

顔面が引き付けられて、八戒の薄い腹に密着した。今や最大級に育ってしまった八戒自身が、俺の喉の奥にねじ込まれる。俺は苦しさの余り、うめく事もできない。俺の口腔を限界まで押し広げて、八戒は暴発した。

「ぐ…あっ、げほ…っ。」

どろりと濃く生暖かい粘液が、俺の口中は愚か、鼻孔の奥にまで満たされる。ゆっくりと腰が引かれ、やっと口が開放された。俺は空しく息を喘がせた。力の抜けたそれに噛み付いてやろうとしたのだ。だが、散々俺の中で暴れまわったそれは、俺の舌も顎もガクガクにして、すっかり抵抗力を奪っていた。

「すっかり飲んでしまわなければ駄目ですよ。」

両方から頬を抑えられ、俺は無理矢理八戒と向かい合わされる。八戒の様子を見守っていた悟浄が、八戒が俺から離れるのと同時に動きを再開しており、俺は自由にならない下肢に顔を歪めた。苦しさと屈辱感から頬が濡れる。

「可愛いですねえ。泣いちゃってますよ。」

くすくすと八戒は笑って、三蔵を振り返った。三蔵はさっきと同じ位置に突っ立ったまま、まだ俺から顔を背けていた。それが面白くなかったのか、八戒はフンと鼻を鳴らす。

「おい、てめえひとりキモチヨクなってんじゃねえよ。」
「ああ、そうですねえ。」

俺はひっと短い悲鳴を上げた。背後から覆い被さるようにのしかかってきた悟浄が俺を抱きかかえてぐっと引き付けたのだ。あっという間に俺は、身体を起こした悟浄の、大きなあぐらの中に抱き込まれていた。身体の中に収められていたままの悟浄自身が、俺の自重によってぐいぐい奥までめり込んでくる。

「や…やだあ…っ。」

俺は身を捩った。自由にならない身体が恨めしい。

今俺を貫いて蠢く物は、三蔵のそれと大して変わらない。耳元に吹き付けられる生臭い息も、しつこいほどに肌を弄る手も。

それなのに、どうしてこんなに涙が出るのだろう。

「三蔵!」

叫んでどうなると言うのだろう。三蔵もこの男たちと同類だ。だけど俺は叫ばずにいられなかった。口を開くたび、飲み下し切れなかった八戒の欲望と俺の唾液とが口の端から零れる。長時間続く陵辱に大きく体力を削られた俺は、それでも縋るように三蔵の名を叫んでいた。三蔵の金色は俺にとっては絶対なんだ。恐ろしいのは三蔵がこっちを向いてくれない事だ。

いつだって三蔵は俺を強い瞳で見つめていた。俺が囚われていたのは身体だけの事じゃない。いつのまにかその深い紫にも囚われていたらしい。だから俺は、三蔵が強いる理不尽にも何とか耐えてこられたんだ。それがどんなに苦痛を伴っても、容赦なく心を抉る言葉を浴びせ掛けられても、三蔵の黄金と紫が、もっと雄弁に俺に何かを語り掛けていたから、俺はこんな立場に甘んじる事ができたんだ。

だから三蔵がこっちを向いてくれないだけで、こんなに涙が溢れて止まらないんだ。

「さんぞ…っ!」
「やれやれ、嫌われたもんですねえ。こっちを向いてくれやしませんよ。」
「だからキモチヨクさせてやんなって言ってるじゃねえか。」

いきなり深く突き上げられて、俺はみっともなく上ずった声を上げてしまう。俺の下半身を三蔵に見せ付けるように大きく開いていた悟浄の手に八戒の手が添えられた。にっこり笑った八戒は、その手に容赦なく力を込めた。限界まで開かされた股座に、八戒の頭が沈んでいく。

「あ…や…やあぁ。」

悟浄と俺のつながった部分を、絡み付くような舌がねっとりと這っていく。その生暖かい刺激に、背筋がぞくりと波打った。

「気持ちいいだろう? おまえの中がぞわぞわしてるぜ。」
「やだ…やだぁ。」

じゅぷんと、濡れたもの同士を擦りあわせる音がする。悟浄が俺の身体を持ち上げては落とす音だ。悟浄は俺の両膝を深く抱え直した。肘のところで俺の膝を引っかけ、手のひらが自由になると、その手で俺の胸を撫で回す。八戒が身を乗り出してきた。くすくすと笑いながら、俺のを付け根からてっぺんまで舐め上げる。先っぽまでたどり着くと、舌でこじ開けるようになぶられる。俺は八戒の舌先にいいように躍らされて、途切れ途切れの泣き声を上げていた。肩先に顎を乗せている悟浄が、楽しそうに喉元で笑う。

「こんなに尖がってきたぜ。」

胸を這う手が急に乳首を捻り上げる。俺は悟浄のあぐらの中でぐらぐらと突き動かされながら、痛みに悲鳴を上げた。悟浄は俺の反応に気をよくしたように、耳の中に熱い舌を刺しいれてくる。濡れた感覚より、湿った音が大きく頭の中に響いて、俺にますます泣き声を上げさせる。

「いい声が出るようになってきたじゃないの。」
「まだまだ、これからですよ。」

俺の代わりに答えたのは八戒だった。八戒は口の周りを嘗め回すと、俺を深く奥までくわえ込んだ。

「ひゃ…、やだぁ…。」

拒絶が何にもならない事は嫌と言うほど分かっている。だけど俺は拒まずにはいられない。柔らかい舌が俺をこすり上げ、全体を絞るように吸い上げられる。かと思うと、からかうように歯を立てられる鋭い痛みが、俺の全身をますます鋭敏に仕上げていく。

「あ…もう、許してぇ…。」

俺は哀願していた。僅かに首を振ると、立ち尽くしている三蔵が目に入った。

三蔵はいつのまにか俺を睨みつけていた。固く握った拳から滴るのは、血だろうか。焼け付きそうな紫が、俺を射殺すように睨んでいる。

見られている、そう思った途端、ズクンと全身を甘い痺れにも似た感覚が駆け抜けた。俺の恥ずかしい姿を見られている。三蔵じゃない男に蹂躪されて、よだれを垂らしてよがり狂っている姿を。痺れは火照りになって俺を取り巻き、俺の中の悟浄を締め付けた。

「あ…、ああ…っ。」

じゅぷじゅぷと音が高くなる。俺はもう三蔵しか見ていなかった。俺のいいところを擦り上げている物が三蔵の物であるかのように、俺は腰を振り、喘いで更に求めた。

悟浄の俺を突き上げる勢いはだんだん激しくなっていった。俺の下半身に吸い付いた八戒は、唇を窄めるだけで何の努力も無しに、俺のを擦り上げていた。時折変な声が漏れるのは、悟浄の動きが乱暴過ぎて、喉の奥を衝かれるのだろう。

宙ぶらりんの爪先がびくびく痙攣した。八戒がぎゅっと俺を吸い上げると、掻き回されすぎて馬鹿みたいに熱く火照る下半身がきつく収縮するのが感じられた。

「あ…やああっ。」
「くうっ…。」

力いっぱい突き込まれた奥で、悟浄が弾けた。熱い迸りが俺の奥に満たされると、痙攣は全身に広がった。俺の足元に蹲っていた八戒が舌なめずりをしながら顔を上げる。三蔵に絞り尽くされて、もう1適だって零れないと思っていたの俺の精は、あさましくも八戒の喉を潤したようだった。

悟浄の手は意外にも優しかった。俺を抱き上げるようにして抜き取ると、静かに横たえる。縛られたままで感覚のまったくなくなってしまった手をそっと解いてくれた。

「どうです?」

八戒が三蔵に話し掛けている。三蔵は再び俺から目を逸らしていた。

「あなたが可愛がっているだけあって、すばらしい身体でしたよ。きっとお寺の坊さんたちもさぞや満足される事でしょう。」
「三蔵様の気が知れねえよ。こんな上玉、気前よくみんなの抱き枕にしようってんだから。」
「抱き枕じゃありませんよ。公衆便所です。」
「……………!」
「おや、怒っているんですか? だけどそういう事でしょう?」

俺はやっと首を巡らせた。疲れ切った俺には、三人の様子を窺うだけで精一杯だった。

八戒と悟浄はすっかり身支度を整えていた。何事も無かったかのように、素っ裸の俺と半裸の三蔵とを見比べている。三蔵が重い口を開いた。

「それ以外にどんな道があるってんだ。俺は…こいつを…。」

俺の方を沈んだ目で見る。

「別に、お寺だの地位だのに拘らなけりゃ、どんな道だってあるんじゃねえの?」
「最高僧さまが、妖怪と手に手を取って逃避行ですか? それもいいですねえ。」

あはははと、八戒は高らかに笑った。俺達をからかっているにしては朗らかな声だった。

「しゃくだけど、一つだけ教えてあげましょう。」

八戒は俺の上に屈み込むと、俺の髪をそっと撫でた。柔らかい手のひらの感覚が、始めのときよりずっと優しく感じられた。

「この子はね、僕と悟浄がどんなに奉仕してあげても、全然感じてくれなかったんですよ。あなたの視線を感じてからです、あんなふうに急に応えてくれるようになったのは。それだけで十分じゃないですか。」

俺は目を瞑った。泣きすぎたせいだろうか、声も掠れがちでうまく言葉が出なかった。

そう、八戒に言われなくても分かってる。俺はとっくの昔に三蔵の虜になっている。

ただ、三蔵の淋しい目が、俺を躊躇わせるだけだ。

「機会があったらもう一度お願いしたいもんだねえ。」
「もう二度と無いような気がしますよ。」

二人の声が遠ざかっていく。扉の閉まる音がした。俺は三蔵と二人で取り残されたのだ。

重い腕を動かして、ゆっくりゆっくり身体を持ち上げる。寝台の上に起き直ると、下半身からどろりと何かが流れる感覚がした。いつもなら忌まわしくてならないその感覚が、今日は不思議に、俺の中の澱を一緒に流し出してくれるように思えた。

「…三蔵。」

真っ直ぐ見つめると、三蔵は目を逸らす。俺はさっきの言葉の続きを聞きたくてならなかった。俺はこいつを、何だと言うのだろう。

「あの人たちの言っていたのは本当?」
「………ああ。」
「…じゃあ俺、もうじき埋められちゃうの? それともさっきみたいな事をみんなにされるの?」
「………。」

三蔵は黙りこくった。強い光を放つ紫が、どんどん沈んだ色になっていく。そうして目を逸らして、三蔵はどうするつもりなのだろう。

「…おまえを連れ出したのは失敗だった。俺は目が眩んでいた。ただぶん殴りに行っただけなのに…、おまえを見た途端、俺はどうしてもおまえが欲しくてならなくなった。だから後先も考えずにおまえを攫った。おまえにも寺の者にも、影響を与える事など考えもしなかった。
あいつらの言うとおりだ。寺はおまえを疎んじている。おまえのせいで俺が堕落したと思っている。だが、俺は堕落したわけでも狂わされたわけでもない。俺はおまえが欲しい、それだけだ。だから、おまえを辱めようと傷つけようと、おまえにはどうしても生きていて欲しい。生きて、俺のそばにいて欲しい。
俺は…もうおまえなしでは生きられない。
だから…。」
「だから俺には我慢しろって言うのかよ。」

三蔵は更に深くうつむいた。俺は急に悔しくなった。今まで俺に三蔵を拒ませていたものの正体が目の前に開けた気がした。俺は三蔵の心が見えなくて、戸惑っていたのだ。

「俺、そんなのやだよ。三蔵でなきゃヤダ。」

口を衝いたように叫ぶと、三蔵は信じられない事を聞いたと言いたげに目をひん剥いた。

肌の上を這いまわる八戒と悟浄の手は、決して乱暴ではなかったけれど、耐え難い感触がした。どんなに乱暴でも、意地悪でも、俺は三蔵にしか触れられたくない。

俺は両手を伸ばして、肌蹴たままの三蔵の襟元を掴んだ。ほとんど力の入らない手だったけれども、必死になって引き寄せる。三蔵は俺から目を逸らしたまま、引かれるままに俺の傍に来た。

「………責任取れよ。」

俺は三蔵を見据えた。あの暗い岩牢で、時間の中に蕩けていこうとしていた俺を引き起こしたのは三蔵だ。そうして無理強いするように俺を現実に立ちかえらせて、未練も執着もある俺にしたくせに、いきなり他人に委ねてしまうなんて許せない。

「連れて逃げろよ。俺だって、三蔵以外の誰かのためになんか生きられない。
俺に死んだみたいな目をするななんて言ったくせに。三蔵の方がよっぽど死んでるじゃないか!」

そう、俺はかつて何にも望まなかった。今は違う。一緒に生きたい人がいる。

俺が何にも言わないうちから諦めて、一人で何もかも背負った気分になって。

なんにも望まないのは、本当は三蔵の方じゃないか。

俺は一生懸命伸び上がった。足腰はがくがくして酷く不安定だ。だけど頼りない足を踏みしめる。三蔵を引き寄せて、抱きしめて、薄く開いた唇に自分の唇を押し当てた。びくりと三蔵が竦むのが感じられる。俺は自分の口の周りがまだ汚れていた事を思い出した。構うもんか。今まで決して与えてこなかった唇は、誓った人のためだけにささげるものと知っていたからだ。

硬い音を立てて、前歯と前歯がぶつかった。悟浄と八戒が交わしていたのとはまったく違う音。小鳥が嘴で戯れるように、つたなく浅く唇を奪うと、三蔵はよろめいた。俺がこの口付けにどれだけの気持を込めたのか、三蔵は分かっているだろうか。

俺は三蔵を見つめていた。三蔵が俺を望んでくれないのなら、俺はこのまま静かに埋められて、大地の一部に還っていこう。俺の望む者は、三蔵ただひとりなのだから。

「一緒に生きていこうよ。」

ようやく顔を上げた三蔵に向かって、俺は祈るように囁いた。余計な言葉はなくても、三蔵には俺の気持ちが分かるはず。きっとずっと昔から決まっていた事だ。俺だって三蔵の眩しい黄金を見た途端、もう他のなんにも目に入らなくなっていたんだから。

三蔵がゆっくり背中を伸ばした。紫の瞳が強い力を取り戻している。

「おまえに俺を殺しにこいとは言ったが…こんな殺され方をするとは思わなかった。」

小さくつぶやくのが聞こえた。

法衣と冠をかなぐり捨てた三蔵は、それでももっと神々しく見えた。大きな手が俺に向かって伸ばされる。俺は三蔵のかげりの無い表情を初めて見た。俺が待ち続けていたのは、きっと今の三蔵なんだ。

「分かった。連れてってやるよ。…しかたねぇから。」

頬に淡い笑みを浮かべて、三蔵は偉そうに嘯く。

俺は笑ってその手を取った。



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